もう一つ、結核をテーマにした映画として、岸恵子が出演した1955年製作の『亡命記』を取り上げましょう。

 彼女が演じた左千子という女性は戦争中、日本に留学していた中国人の医学生(佐田啓二、中井貴一の父)と結婚し、やがて夫は日本軍が作った傀儡政権、南京新政府で働くようになります。

 その後、日本の敗戦で政権が瓦解すると、夫を含めた政府の幹部は「漢奸」(かんかん・逆賊の中国人)として、国民党政府から追われるようになります。左千子は一人娘を連れて一足先に帰国することとし、別れ際に2人は「神戸駅で午後6時に待つ」と約束します。

 しかし、夫は戦犯として追われる身。娘と一緒に左千子は毎夕、神戸駅に立つのですが、夫は一向に現れません。ようやく神戸駅で再会したかと思えば、左千子はせき込んだ上、血を吐いてしまいます。

 左千子は結核に感染していたのです。しかも、当時は「死の病」なので、2人は青ざめた表情になります。やがて左千子は「サナトリウム」と呼ばれる療養所で治療に当たり、夫がヤミで手に入れた特効薬「ストレプトマイシン」のおかげで快方に向かいます。

 その後も、亡命者である親子3人は辛苦を極めるのですが、夫妻が再会を果たした後の転換点として、結核が有効に使われていることに気づかされます。それだけ結核はありふれた病気であり、死に至る病気だったのです。

 ここで初めて発刊された1956年の『厚生白書』を読んでみましょう。特効薬が開発・普及したことで、この時点で結核は死因の1位ではなくなっていましたが、それでも医療保険から支出される28%が結核治療に使われているなどのデータを示しつつ、「結核は依然最大の国民病であり、今後の医療保障の推進に当ってなお最大の障壁をなすものである」などと、結核対策について相当な紙幅を割いています。

今とは全く違う
「肺炎」の意味

 実は、『亡命記』で共演した岸恵子、佐田啓二の2人は1953~1954年に制作された映画『君の名は』でもカップルを演じています。同じ名前のアニメ映画が人気を博しましたが、こちらは純愛物。「真知子巻き」と呼ばれるファッションを生んだ映画でも知られます。