デザイナーと農家のコラボレーション
『夢の国〜』を読んで、奮起した女性がいる。アイスランド芸術学院(Iceland Academy of Arts)のプロダクトデザイン科で教鞭をとるシグリドゥールさん、通称シッカだ。
金融危機が発生するまでの10年間、アイスランドでは強い自国通貨も手伝って、多くの人は海外製品に目を向けていた。私たちが話を聞いた別の女性が「アイスランドの物すべてがクールじゃない、という空気があった」と表現した通り、国内で生み出されたものは一流ではない、そんな空気さえあったという。
しかし、多くのデザイナーたちは、そうした世情に疑問を呈していた。そして彼女の問題意識は、アンドリの著書における問題提起と見事に一致する。アイスランドの地域や文化、そこから生まれる物の価値を見直す。ならば、アイスランドで一番歴史ある産業に取り組もう――シッカさんは、そう考えた。
2007年、シッカは同僚の女性2人とともに、プロジェクトを立ち上げた。その名も「デザイナーズ・アンド・ファーマーズ」。学生たち4チームが農家と協力して農作物を活用した新製品のアイデアを練り、審査のうえ選ばれた1チームのアイデアのみ、公的シンクタンクなどの出資を受けて実際に製品化する、というカリキュラムだ。プロのデザイナーであるシッカさんたち3人が、学生たちの教育課程を通して、アイスランドにある地域や文化、そして農家が生み出す価値を再発見する試みである。
9世紀から始まった、アイスランドの歴史の中で一番古い産業である農業と、国内に確固としたコミュニティさえない、一番新しい産業であるデザイン。シッカさんたちの奇抜な発想で、このプロジェクトはスタートした。
最初は鼻で笑った農家たち
シッカさんが、まず始めたこと――それはアイスランド中の農家への電話かけだ。プロジェクトへの協力依頼である。
しかし、多くの農家は当初、懐疑的だった。実際に協力した酪農家ソルグリムルさんの言葉に現れている。ソルグリムルさんは牧場を経営し、アイスランド独特の乳製品であるスキールを作っている。「女の子が3人来て、色々見て帰って行ったよ。農業のことなんか何もしらない彼女たちに何が出来るのか。正直心の中では笑っていたよ」
しかし、学生たちはその後、各農家につき50のアイデアを考えだしてみせ、彼らを驚かせることになる。