ある学生チームは、高級と呼び声の高い羊肉を生産・加工する、南アイスランドの牧場に宿泊した。工場では、羊肉が次々と加工されていく。ところが観察するうち、羊肉の内蔵が大量に廃棄されていることに気がついた。最高級の羊肉なら、内蔵も最高級ではないのか。実際、貧しかったアイスランドでは、羊肉の内蔵を食べる伝統料理もあった。学生たちは、伝統料理のレシピを元によりおいしく食べる方法を検討し、現代人の口にも合う羊肉のパテを思いついた。
別のチームは、ルバーブ農家に泊まり込んだ。ルバーブは日本ではあまりなじみがないが、酸味が強い、赤いフキのような果物だ。これを砂糖と煮込むとやみつきになる甘酸っぱさで、おいしいジャムやパイとなる。そのチームが宿泊した農家は、丹誠込めてルバーブを有機栽培していた。しかし、せっかくのルバーブが、最終的には農薬を使って栽培されたルバーブと同じ価格で、ジャム工場に安く買いたたかれていることを聞いた学生たちはショックを受ける。なんとかして、この農家が作るルバーブの価値を伝えられないか。農家夫婦と話すうち、子供の頃の思い出で盛り上がった。幼い頃はルバーブを砂糖水につけてかぶりついたものだ。丸ごと食べられる、あの懐かしくて楽しかった経験を再現できるお菓子にしよう。学生たちはルバーブの形を模した、ルバーブ・キャラメルを考えつく。
こうして、学生たちが農家での観察と経験をもとに考えだしたアイデアは、試作された。最終発表会ならぬ「試食会」で最も評価の高い作品は、プロのフードデザイナーや食品研究所、起業支援コンサルタントの協力のもと、実際に製品化の道を模索されることとなる。ただし、ここでも主役はあくまでも学生と農家だ。学生には、試作を練る3ヵ月間の給与が支払われる。専門家が製造過程を精緻化し、農家はフードデザイナーたちとともに、その工程を習得していく。
こうして開発された製品たちは、街の中心部の試販会へ。そして、農家たちの予想に反して、瞬く間に売り切れた。その多くが、今も空港やレイキャビク市内の店舗で販売中だ。それら製品の上には「Made in Iceland」というサインが誇らしげに掲げられている。
このプロジェクトの真の実力
このプロジェクトは、既に3回実施している。全回を通じて「優秀な作品は実はたくさんあった」とシッカさんは評価する。しかし彼女を驚かせたのは、選ばれてプロと協業する機会を得たチームよりも、むしろ負けたチームだ。よいアイデアはあっても、資金援助は限られている。そのため、勝った1チームだけがプロの援助を仰ぎ、製品化への道を辿ることができる。しかし、プロジェクトを通じて知り合った学生と農家は、せっかくだからと援助抜きでいくつかの製品を世に送り出している。
シッカさんはプロジェクトのホームページでもこのように述べている。「アイスランドは小さな国だ。小さくとも一つ成功事例が生まれれば、他の農家にも波及する可能性は高い」。プロジェクトが立ち上がってまだ3年だが、試みは既に彼女の手元を離れ、農家とデザイナー、当事者たちの持続的な活動へと変化している。