前回まで、アイスランドの実践的教育の現場や起業家精神、そして市民自ら改革を進める政治システムや憲法の改革について紹介した。そこで見えてきたのは、アイスランドが資源の枯渇やエネルギー供給の不安定さ、インフレなど、数多くの困難に直面しながら、その度にみずからの創造性や限りある資源を活かして再生してきた歴史である。今回は、アイスランドという土地がもつ価値の再生に焦点を充てる。その具体的な取り組みに交えて、少しだけアイスランドの「美味しい」環境も紹介してみたい。
一冊の本が起こした変化
『夢の国アイスランド』(原題:Draumalandið)という本がある。著者はアンドリ・スナイル・マグナソン。過去にアイスランドの文学賞を2度受賞した、同国の今を語るに欠かせない作家だ。
この著書の中で彼は、アイスランド人が安定を求めるばかりに、自然と向き合うことを忘れ、当時の政権によって過剰な水力発電とアルミニウムの精錬工場建設が推進されている事態に、警鐘を鳴らした。彼の語り口は情緒的だが、そこには具体的に水力発電所が生成する電力量とそこから生み出される雇用、一方で破壊される河川の数などが具体的に試算されていた。工場が建設されれば雇用が生まれ、経済は安定するだろう――新聞やテレビを鵜呑みにして「なんとなく」楽観視していたアイスランド人は、この本を読んで驚愕した。
この本が出版されたのは、2006年だ。実に20万部(国民の6割以上が読んだ計算になる)を売る大ベストセラーとなった。
発刊の翌年、この本に触発された市民たちの反対運動によって、新しい水力発電所の建設が中止されている。