日本が先端産業で後れをとることになったもともとの起源は、1986年と91年の日米半導体協定までさかのぼる。

 86年協定は「ダンピング防止」を名目にアメリカへの日本製半導体の輸出が抑えられた。半導体産業は規模の利益が大きいうえに、製造プロセスに学習効果(成熟効果)が大きいため価格下落が速い。

 その循環が止められてしまうと、徐々に半導体産業は競争力を失った。価格が「高値」で安定する結果、製造プロセスや技術開発の努力を怠ってしまったからだ。

 さらに、91年協定では追い打ちをかけるように、外国製半導体の割合を2割まで高めるという輸入目標を強いられた。1990年に世界のIC市場の半分のシェアをとっていた日本メーカーは2017年にはシェアを7%まで落とした。企業で、トップ10に残るのは東芝だけだ。

 その東芝も安倍政権の原発輸出政策のあおりを受けて危うい。安倍政権下で、日本の半導体産業は消滅の危機に陥っている。

「産業のコメ」に当たる半導体産業の衰退とともに、90年代後半にはスカラー型に転換したスーパーコンピューターでも遅れることになった。やがて、クラウドコンピューティングに対応したソフトやコンテンツを作る力も衰弱していった。

 こうして日米構造協議以降、アメリカの圧力を受け、日本は先端産業である情報通信産業で、決定的に取り残されることになったのだ。

 ところが、アメリカの要求に譲歩すれば、日本の産業利害が守れるという思考停止が今も政府(とくに経産省)を支配している。特に安倍政権になってから、より一層強まっていると言ってよい。

 政府は先端産業について本格的な政策をとることがなくなり、「市場原理主義」のもと、ただ「規制緩和」を掲げるだけの、「不作為の責任逃れ」に終始する姿勢が強まった。

 価格を通じた市場メカニズムが一定の調整機能を持つことは確かだが、市場メカニズムに任せれば、新しい産業が生まれるなどという根拠のないイデオロギー的な言説がふりまかれた。

 実際、安倍政権のもとでの「構造改革特区」や「国家戦略特区」が画期的な新しい産業を生み出したという話は聞いたことがない。それどころか、「規制緩和」を利益政治の道具としてきた。その行き着いた先が加計学園問題だったのである。

 この間、米国やドイツを中心に「AIによる第4次産業革命」が官民一体で取り組まれる中で、日本はIT革命に乗り遅れて国際競争力を失った。

自動車もEV転換で出遅れ
「第4次産業革命」で主導権取れない恐れ

 こうした中で政府が唯一といっていい産業政策として力を入れたのが原発輸出だが、皮肉にも、このことが重電機産業の経営を苦しくすることになっている。