「宝石」の記事で、金氏が仲間と一緒に日本兵に連行されたと証言していることについて、西岡氏は「裏付けが取れない」と言う。そして「その可能性はかなり小さい」というが、それは西岡氏の勝手な主観だろう。

「強制連行はなかった」という結論が先にあって、自分の歴史観に合う都合のいい事実だけを取りあげるということなら、それは学者としての良心が疑われかねない。

 西岡氏も、櫻井氏と同様に雑誌などの「孫引き」を事実かのように述べた誤りを犯したことを、「記憶違いだった」「私の言葉で要約した」と認めた。そして訂正については「裁判が終わってから必要があれば考える」と述べた。

 だが「率直に改めたい」と潔かった櫻井氏に比べると、往生際の悪さが印象に残った。

「歴史観修正」に注力
朝日元記者を標的に

 東京と札幌で進められている慰安婦問題をめぐる2つの訴訟の争点は同じだ。

(1)慰安婦にされた金氏に対する軍による「連行」の事実はあったのか、(2)「女子挺身隊」という言葉は朝鮮で慰安婦を表す表現として使われていたか、(3)植村氏は義母の裁判を有利にするため記事を書いたのか、である。

 植村氏は西岡氏らから、韓国人である義母が関係する元慰安婦などを支援する団体の運動と絡めて非難された。義母が関係する運動を手助けするため記事を書いた、つまり金氏が親に売られて慰安婦にされたのに、女子挺身隊として戦地に連行されたと捏造したというのだ。

 今回の二つの訴訟は、記事を「捏造」したと名指しされた植村氏が、名誉回復を求め、自身に向けられた憎悪のような攻撃に反撃するために起こしたものだ。

 裁判では、金氏だけでなく軍が関与して慰安婦にされた人たちの事例などが、植村氏側から証拠としていくつも提出されている。

「挺身隊」は、日本では勤労動員などに使われているが、韓国では慰安婦を表す言葉でもあった。

 櫻井氏がキャスターを務めた日本テレビでも「女子挺身隊という名の従軍慰安婦」という番組を放送した(82年3月)。産経新聞も1991年9月3日の紙面で、「第二次世界大戦中『挺身隊』の名のもとに、日本従軍慰安婦として戦場に駆かり出だされた朝鮮人女性たち」と書いている。

 植村氏が金学順さんの証言を書いたのもこのころ。挺身隊という言葉は韓国で慰安婦と同義語だった。