人間は自然に死んではいけない?
「死因を調べる目的」に見るWHOの考え方

 このように、老衰を排除し、死因統計にできるだけ現れないような仕組みが2重3重に施されている。「修正ルール」とただし書き、そして「修正ルール」を死亡診断書記入マニュアルに記していない。これだけそろうと意図的と言わざるを得ない。厚労省に問い合わせると「日本が準拠しているWHO(世界保健機構)の規則ですから」と責任を回避する。では、WHOの考え方はどうなのか。死因を確定する理由が述べられている。

「疾病、傷害及び死因の統計分類」(ICD-10、2013年版)には、「死亡の防止という観点からは、疾病事象の連鎖をある時点で切るか、ある時点で疾病を治すことが重要である。また、最も効果的な公衆衛生の目的は、その活動によって原因を防止することである」とある。

 そうだったのか、これで合点がいく。死因を調べる目的は、死亡を防ぐためなのだ。「疾病の連鎖を断つ」か「疾病を治す」ことで。そこへ、連鎖を成さず、疾病ではない「老衰」が入ってくるのは迷惑なことなのだ。趣旨に合わない。夾雑物(きょうざつぶつ)だから排除したい。
 
 そのため、死亡診断書に 「ア=ある疾病、イ=老衰」と記入すると、例外を設けて、「ある疾病」を死因に仕立てたいのであろう。

 WHOは、「保健」至上主義を掲げ、どうやら人間は自然に死んではいけないと考えているようだ。その理念からすると当然かもしれない。

 厚労省の「死亡診断書マニュアル」では、冒頭に「死亡統計は国民の保健・医療・福祉に関する行政の重要な基礎資料として役立つ」とその意義を高らかに宣言している。だが、WHOの基準に忠実に従うと、整合性が損なわれ、「重要な基礎資料」がゆがめられてしまう。

それでも急増する老衰死
延命治療からの転換につながるか

 こうした統計上の高いハードルが課されているにもかかわらず、老衰死は年々急激に増えている。そして、上述のように、実態はもっと多いはずだ。死亡診断書の最下欄に老衰と書かれているにもかかわらず、死亡統計から外された事例を含めれば、10万人をはるかに上回っている。