なぜなら、優れたプロフェッショナルの「優秀さ」とは、どれほど多くの本を読み、どれほど多くの「専門的な知識」を学んだかではなく、どれほど豊かな経験を積み、そこから、どれほど深い「職業的な智恵」を掴んだかで決まるからです。

言葉を換えれば、仕事の経験を通じて、どれほど深い「技術」や「心得」を掴んだかです。それは、分野を問わず、職業を問わず、プロフェッショナルに、共通に問われるものです。

ここで、「技術」とは、スキルやセンス、テクニックやノウハウと呼ばれるものであり、「心得」とは、マインドやハート、スピリットやパーソナリティと呼ばれるもの、日本語では、心構え、心の姿勢、心の置き所とも呼ばれるものです。そして、「技法」とは、この「技術」と「心得」を統合したものです。

人は何を見て「この人は頼りになる」と判断するのか

この「知識」と「智恵」の違いについて、分かりやすい例を挙げましょう。

世の中に弁護士という職業がありますが、活躍する弁護士と、そうでない弁護士の違いは、どこから生まれるのでしょうか。
弁護士であるかぎり、誰もが、法律に関する猛勉強をして、司法試験という難しい資格試験を突破してきています。すなわち、誰もが、「専門的な知識」という意味では、ある水準以上の力を身につけているのです。
しかし、そうした「法律の専門知識」だけでは、弁護士として活躍することはできません。

では、弁護士事務所を開いて活躍している、高橋弁護士の例を見てみましょう。

ある日、高橋弁護士の事務所に、依頼人の太田さんが来訪しました。相談内容を聞くと、父親が亡くなって、兄弟と土地の相続の問題で言い争いになっているとのこと。太田さんが少し興奮した状態で語る、混乱気味の話を一通り聴いて、高橋さん、冷静に、しかし明確な口調で、太田さんに、こう伝えます。

「分かりました。お話を伺っていると、太田様は、いま、法律的に、こういう問題に直面しています。分かりやすく申し上げれば、こういう問題です。もし、この件を裁判で争うとすれば、こういう法廷闘争の戦術でいくべきですが、できれば、事前に、先方の弁護士と和解の交渉をしてみることを勧めます。その場合、交渉は、当方が担当しますが、同時に、その土地については、隣地の住民から事情聴取をした方が良いでしょう。それも、当方で担当します。おそらく、この問題、うまく解決策が見つかると思います」

落ち着いた雰囲気で語る高橋さんの話を聞いて、太田さんも、気持ちが落ち着き、高橋さんへの信頼感を抱き、この問題の解決を任せようという気になります。高橋さん、また、新たな仕事を得たようです。

さて、この高橋さん、明らかに「活躍する弁護士」ですが、彼がこの場面で発揮している能力は、「法律の専門知識」だけではありません。

混乱した話を聞いて、すぐに問題の本質を掴む「洞察力」。難しい法律用語を、相手の理解力を判断しながら分かりやすく説明する「説明力」。その場で、法廷闘争の戦術を瞬時に考える「判断力」。先方の弁護士と交渉する「交渉力」。隣地の事情聴取をする「聴取力」。さらには、話を聞いてもらうだけで依頼人の気持ちが静まり、安心し、信頼感を抱く「人間力」など、極めて高度な能力を発揮しています。

そして、言うまでもなく、これらの能力は、いずれも、司法試験の勉強では決して身につかない能力であり、実際の仕事の経験を通じて身につけた「職業的な智恵」に他なりません。

これは弁護士の例ですが、分野を問わず、職業を問わず、プロフェッショナルとして活躍するためには、「専門的な知識」だけでなく、こうした「職業的な智恵」を身につけることが不可欠なのです。