実は「基本的なこと」こそ、「人」からしか学べない
こう述べると、あなたは、「そうは言っても、仕事の基本は、『仕事の基本マニュアル』を読めば、身につくのではないか」と思われるかもしれません。
たしかに、世の中には、『新入社員が身につけるべき基本マナー』『新入社員のための仕事の進め方』といった本が数多くあり、また、企業でも新入社員に対して、「新人研修」などで、そうした基本マナーや仕事の進め方などは教えています。
しかし、ここで述べる「仕事の基本」とは、そうした本や研修で学べる初歩的なものではありません。
敢えて言えば、それは、「仕事の基本の心構え」とでも呼ぶべきものであり、身近にいる優れたプロフェッショナルの仕事に取り組む姿勢を見て「体得」するしかないものです。
私自身、初めて実社会に出たときは企画営業の部署に配属になりましたが、顧客に対する「仕事の基本の心構え」は、傍にいる優れた上司の日々の電話応対を耳で聴くことによって、実に多くのことを学ぶことができました。
例えば、顧客に対する細やかな心配り、誰に対しても変わらぬ温かい雰囲気、クレームに対する真摯な対応、ときおり会話に交えるユーモア、電話を切るときの残心など、マニュアル本や研修などでは決して学べない、呼吸やリズム、ニュアンスや余韻などを、この優れた上司の生の言動を通じて、体で掴むことができました。
当時の私が働いていた職場は、大部屋であり、私は、この上司の隣の席に座っていました。そのため、日々、自席で仕事をしながら耳に入ってくる、この上司と顧客とのやり取りは、営業という仕事の基本的心構えを学ぶには、絶好の教材でした。
しかし、ある日、あるメンバーの転属で、その上司から少し離れた席が空いたのです。
すると、その上司は、優しい心遣いで、私にこう言ったのです。
「君のその席は、狭いので仕事がやりにくいだろう。あちらに、両袖のある広い席が空いたから、移ってはどうか」
私は、その上司の温かい心遣いには感謝しましたが、即座に、こう答えました。
「いえ、この席で、結構です」
その理由は、明らかでした。私は、この上司の顧客との電話でのやり取りを横で聞くという、貴重な学びの機会を失いたくなかったからです。