弱者を苦しめるモヤモヤした偏見「生活保護ハラスメント」の正体
生活保護受給者に向けられるモヤモヤした偏見は、そろそろ「生活保護ハラスメント」として声高に議論されてもいいのではないか(写真はイメージです) Photo:PIXTA

ここにきて再び注目されている
片山さつき大臣の生活保護バッシング

 先週から今週にかけて、地方創生担当大臣・片山さつき氏が過去に行なった「生活保護バッシング」が、改めて話題になっている。今年11月5日の参院予算委員会において、立憲民主党の参院議員・杉尾秀哉氏が、「生活保護は生きるか死ぬかのレベルの人がもらうもの」という片山氏の過去の発言を「この言葉で傷ついた人が何人いると思うんですか」と批判し、ホームレス状態で精神を病んでいた30歳の男性が、その言葉に悩んで自死したことを紹介したからだ。

 2012年、片山さつき氏は確かに「本当に生きるか死ぬかの方々を早期に相談し、保護するのが本来の生活保護」とツイートしていた。さらに片山氏は、その“本来の“生活保護を取り戻すためには、「甘すぎる扶養認定、住宅扶助支払われてるのに家賃滞納、偽装離婚(原文ママ)」などの不正の典型をパターン化して「不公平感をなくす」ことが必要であると述べていた。

  2012年5月から6月、本連載が開始される直前にあたる時期だった。片山氏が生活保護に関する意見をツイートすると、多数の賛同ツイートが呼応した。そのたびに、私の周辺では生活保護で暮らす人々の悲鳴が上がった。

 思想・信条・言論の自由は、現在の日本国憲法が地位や影響力の大小と無関係に全国民に保障しているものだ。私には「片山さつきさん、そういう発言をしないでください」と考える自由も発言する自由もあるが、片山氏には発言する自由があり、支持者には支持を表明する自由がある。政治力には、ネット空間の暴風を強めることも、一時的に鎮めることもできる。いずれにしても、政権が変われば元の木阿弥かもしれない。

 私は、「生活保護ハラスメント」という用語を提案したい。時の政権や政治状況がどうであれ、誰がどのような立場において行ったのであれ、生活保護に関して誰かを痛めつけた言動は、「生活保護ハラスメント」である可能性がある。実際に「ハラスメント」であるかどうかを判断するためには、その背景にある「正義」「正論」の根源をたどる必要はあるが、とにかく「僕は生活保護ハラスメントをされている」「私は生活保護ハラスメントをしているかもしれない」と気づくことが必要なのではないだろうか。