それは、ドキュメンタリーの不文律と言っても過言ではない「じっくり長期にわたって取材したものが良質なドキュメンタリーである」という、根本的な価値観の真逆を狙ったものだということです。
この発想のきっかけは、そもそも、ぼくの中に、地方局も含む他局の良質なドキュメンタリーに対するコンプレックスがあったからこそです。
日本に不法滞在する中国人を15年にわたって追いかけたフジテレビの『泣きながら生きて』は大好きですし、ニュータウンという人工都市で庭にキッチンガーデンを作り上げ自然と向き合いながら暮らす老夫婦に2年間密着した東海テレビの『人生フルーツ』も、ブラジル政府と10年間交渉して「最後の石器人」とさえ言われるアマゾン奥地の部族に150日間という長期にわたり密着することに成功したという謳い文句で「もう観るしかないでしょ」と思って観たら、いきなり赤ちゃんを燃やすクレイジーすぎるシーンから始まり、次に「おい、この取材陣殺すか?」という衝撃的な取材先の部族のコソコソ話で見る者の度肝をぬくNHKの『ヤノマミ〜奥アマゾン原初の森に生きる〜』や、アメリカのドキュメンタリー監督、ジョシュア・オッペンハイマーが10年以上にわたりインドネシアに通いつめ、かつてスハルトによる1965年のクーデターの際、「共産党狩り」と称した虐殺に参加し、現在もインドネシアでは英雄視されている人々に、「いやぁ、すごいですね! その虐殺すごいですね!ぜひ再現映画作りましょうよ!」と持ちかけ、かつてクーデターという昂揚の中で行われた殺人の加害者に、昂揚なき現在の日常空間で実際に殺人を犯した瞬間を再現させることで、はじめは嬉々として撮影に応じていた虐殺のヒーローが精神崩壊するまでを描いた、トリッキーすぎる手法がえげつなさすぎる海外の『アクト・オブ・キリング』といったドキュメンタリーも、人生で一度はこんなドキュメンタリーを撮ってみたい、と嫉妬します。
すごいです。名作です。ぜひ全部観ることをおすすめします。
でも、実際問題、テレ東のバラエティ制作部署にいる自分には、これらの名作と同じ手法をとることは不可能でした。
『泣きながら生きて』のように10年以上密着できるマンパワーは、常に人数不足のテレ東制作局にはありません。「未知の部族を取材させてください」とブラジル政府に10年以上お願いする体力もありません。10年お願いしたところで「OK」とブラジル政府に言わせる信用力もそもそもテレ東にはありません。かといって、10年以上インドネシア政府をだますほどの度胸も時間もありません。
ぼくも、ドキュメンタリーを撮影したことはあったのですが、長期密着スタイルのものは、いつかはやってみたいと思いつつ、撮影する機会に恵まれませんでした。
「じゃあ『超短期密着ドキュメンタリー』というジャンルを作っちゃえ」という真逆の価値を生み出そうとしたのがこの番組です。
勝負は、終電後の街で「OK」と言ってもらえた瞬間から、その方が眠くなるまで。短い時には1時間。長くて5〜6時間。平均2〜3時間。まさに超短期密着です。
でも、ただ単に密着時間が短いだけでは、長期密着ドキュメンタリーにフツーに負けます。長期間、時間をかけて撮影したドキュメンタリーが良質なものだ、というのは、かなりの割合、事実ですから。ならば、短期密着であることを活かす「武器」が必要です。
それが「即興」でした。
「出会ったその場で、いますぐついて行く」
長期密着なら、そんな負担の重いことすぐに決断できません。これは、短期決戦だからこそ使える武器です。
音楽にも演劇にも「インプロ」と呼ばれる即興のジャンルがあります。ならば、ドキュメンタリーにも即興があってよいのではないかと思うのです。
ぼくは『家、ついて行ってイイですか?』を作る以前、『空から日本を見てみよう』という番組を作っていました。
その時の取材経験から、どうしても「物足りないな」と思っていることがありました。