「おっさん」的価値観1:投資はギャンブルだ!

 バブル時代に投資で儲けた人たちにとっては、短期で大きく増える可能性があることが重要なので、彼らはリスクの高い個別銘柄投資や高いレバレッジをかけたFXなどをすることが多いように思います。そのような人と会話をすると、「で、それでいくら儲かるの?」「今、どの銘柄を買えばいいの?」といった短期的な話題が多くなるように思います。昔のように、公的年金や企業年金が充実している中では、たとえ投資が失敗しても十分な年金がある人たちは、“遊び”や“趣味”としてこのような投資をやってもよかったと思います。しかし、株式は長期的にはリターンがプラスになる可能性は高くなりますが、短期的な変動の予測は難しく、プラスになるかどうかは運次第になります。“遊び”ではなく、老後の資産形成のための投資が目的ならば、運にかける短期投資は危険と言わざるをえません。

 逆に、膾を吹いてしまった人たちは、「投資は怖い」「投資には手を出すな、というのが我が家の家訓」といった価値観に支配されていると思います。確かにバブル期に投資で大きなマイナスを被った人たちが投資は怖いと思うのも仕方のないことかもしれません。だからといって、預貯金を放置していると、「老後にお金がなくなったらどうしよう」という別の怖さが生じてしまいます。ギャンブルみたいだから投資しないというのは、短期的な恐怖から、将来の生活資金の枯渇リスクを放置することになり、人生100年時代の今にはもはやマッチしない価値観となっています。

「おっさん」的価値観2:不労所得は邪道!

 これに加えて、日本にはもう一つ「おっさん」的な価値観があります。日本は、高度経済成長からバブル景気までは順調に給料が増え、退職金も充実していたため、資産形成をする必要性が相対的には低い状況でした。このように労働すればすべて事足りていた時代だったからこそ、汗水たらして働いて稼いだお金(給料)こそが美しく、何もしないで得られる不労所得(不動産収入や金利・配当)は美しくない、との価値観ができてしまったのだと思います。

 でも今は当時と状況が異なります。給料が定期的に上がる状況は見込めないですし、退職金も減少傾向です。公的年金も減額されていく中で、自分の生活を給料以外で守る必要があります。そのような状況では、自分の資産に遊休資産があってはならないのです。自分が働いている間に資産にも働いてもらい、人生100年時代を乗り越えられるだけの資産を形成しなければなりません。