「日本型雇用は終わった!」と言われて久しい世の中ではありますが、メディアが煽り立てているほど日本企業の雇用環境が変化したかというと、なかなか怪しいものがあります。
それがいいことかどうかは別として、「ミドル・シニアの憂鬱」を生む構造的要因は、今後も一朝一夕には取り除かれないでしょう。
たとえば、私がかつて在籍していたのは、数万人の社員を擁するいわゆる大企業でした。そうした会社の人事部にいると、組織が大きく変わるということは、決して簡単ではないと実感させられます。
また、研究者として、いろいろな企業にお邪魔していても、「終わった」はずの日本型雇用は、やはりいたるところで根強く残っているのを見聞きします。
もちろん、日本型雇用に制度疲労が生じていることは、私も否定しません。何を残し、何を変えるべきか、真剣に考えるタイミングに来ているのはたしかです。しかし、実際の変化は5年や10年、あるいは20年といったスパンで起きていくのではないでしょうか。
そのときに忘れてはならないのは、「そのジワジワとした変化の最中にも、われわれは働き続け、それぞれの仕事人生を歩んでいかねばならない」という事実です。外部環境の変化を指をくわえて待つだけでは、“時間切れ”になってしまいかねません。
だとすれば、その停滞感を乗り越えるためには、制度改革のような「正論」だけでなく、やはり現実的な「個人レベルでのアクション」が求められているはずです。
これがミドル・シニア期の人にとって、“個人レベル”でのアクションが必要になる第2の理由です。
なぜ「努力や工夫でなんとかする」では通用しない?
ところで、「ミドル・シニアの憂鬱」を抜け出すための「個人レベルでのアクション」と聞いて、みなさんはどんなことをイメージされますか?
たとえば……がんばる? いわゆる精神論です。出席したセミナーに刺激されて、やる気を燃やすといったパターンも、ここに含まれるでしょうか。十分なキャリアを積んできた方ならご承知のとおり、この種の「気合いに頼るやり方」には、持続性がないという問題があります。要は長続きしないのです。
では……「工夫する」のはどうでしょうか? 要するに、仕事のテクニック論であり、ライフハックによって単位時間あたりの生産性を高めて、仕事の成果を取り戻す、というストーリーですね。しかし、ミドル・シニア期のモヤモヤ感は、スキルアップやカイゼンといった表層的な対策だけで解消するものではないはずです。
それなら……「先輩に学ぶ」というのは? これはいわばロールモデル論であり、うまくいっている人の実例に学び、それをマネしようという考え方です。しかし、最近のポジティブ心理学の知見によれば、個人ごとに異なる才能や強みを活かすことが重要だとされています。よほど自分にぴったりのモデルが見つかれば別ですが、万人に役立つケースなどはまずあり得ませんから、最初の一歩としてはあまり効率がよくありません。
要するに、ただがんばったり、工夫したり、前例に学んだりするだけでは、「ミドル・シニアの憂鬱」は解消されないのです。
とはいえ、「これらの行動はすべてムダです」と言いたいわけではありません。ただ、これら“だけ”では、いちばん大事な「的」を外しかねないということです。では、どうすればいいのでしょうか?
「4700人」を俯瞰した「働くミドル・シニア」の科学!!
こんなときに有効なのが、データに基づいた科学的なアプローチです。
森のなかで道に迷った自分を想像してみてください。このときまず必要なのは、コンパスを取り出して、「この場所を抜けるための大まかな方向」を把握することです。たとえ迷子になっても、パニックを起こしてがむしゃらに走り回ったり、たまたま見かけた動物のあとを追ったりするのは得策ではありませんよね。
仕事も同じです。入社から20年以上を経て、会社のなかである種の「遭難」状態に陥っているのであれば、まずデータに基づいて「うまくいっている人は、何をしているのか?」「うまくいっていない人は、どこでつまずいているのか?」を大づかみにしておくべきです。