番組予算の比較


3000万円をバランスよく配分して、図1のようになるとします。スタジオがあって、ロケVTRがあって、ナレーションや音楽も入っている、ちゃんとしたテレビ番組っぽいテレビ番組です。

1000万円で同じことをやれば、図2のようになります。これでは、ショボさが歴然です。オンエアする前から敗北決定。視聴率の出る翌日は会社を休み、公園でもフラフラするしかありません。

だったら、思い切って、こんなバランスぶっ壊してしまえばいい。これがテレ東のような弱者がとる競争戦略だと思います。具体的には、図3の予算配分です。こうすると、どうでしょう。ロケ予算が800万円になりました。やった!

他局様の予算配分ではロケ予算は600万円。ロケのクオリティだけなら、こちらのほうが上を目指せる。ここで勝負すればいい。スタジオはショボかったり、場合によってはなくてもいいから、ロケだけは負けないものを作るぞ! と。

これを続けていると、「テレ東って地味だけど、なんかロケだけはおもしろいよね」と言われるようになっていきます。

これは、パルチザンなど「非正規軍」の戦いの発想に近いものがあります。

僕は、大学で国際政治学を専攻していたのですが、ちょうどその頃、アメリカで9・11同時多発テロが起こりました。国家vs国家という正規とされる戦争の枠組みが無効になっていくのを目の当たりにし、国際政治学の中でも、過去にさかのぼった非正規戦の歴史をテーマに卒論を書きました。

その時しみついた「パルチザンマインド」が、弱小テレビ東京に入社して、少し役立ったのかもしれません。日々の暮らしの中で感じたことも学校の勉強も、思わぬところで企画や演出のヒントになるので、何事もおろそかにしてはいけないと改めて思います。

それはさておき、先ほどの図3「バランス崩壊予算」、やや単純化していますが、ぼくが作っている『家、ついて行ってイイですか?』という番組の予算の概念です。この番組は、ノーナレーション・ほぼノーミュージック。スタジオも一切使いません。

では、何に一番お金をかけているかというと、ロケ。中でも人件費です。この番組は、およそ70人のディレクターの皆さんが作ってくれています。日本で、おそらく世界を見渡しても、70人のディレクターを抱えている番組は1つもありません。普通のゴールデン番組で5~10人。多くて20人程度。超巨大番組である日本テレビの24時間テレビでも30~40人です。『家、ついて行ってイイですか?』は、世界で1番ディレクターの多い番組だと思います。

それを可能にする秘密のすべてが、図3。「バランスを崩壊させているから」です。

番組をご覧になった人から、「よく深夜について行かせてくれるね」と言われます。時には、「ヤラせだろ」と、ネットで叩かれることもたくさんあります。

これは、とても光栄なことです。なぜなら、ガチだと信じられないほど「見たことないおもしろいもの」だと思ってもらえている証だと思うからです。

でも、ガチなんです。考えてもみてください。深夜に「家に行かせてください」などと突然声をかけられ、即「OK!」なんていう人はほぼ、いません。ベテランのディレクターでさえ、まったくついて行けないことのほうが多いです。

深夜に、その場でついて行くだけでなく撮影してテレビで放送させてくださいなんて無茶なお願いに答えてくれる人を見つけられるのはすべて、雨の日も風の日も灼熱の熱帯夜も頑張ってロケをしてくれる70名のディレクターの皆さんのおかげなのです。

だからこそ、これは実際に放送したエピソードなのですが……

2018年1月22日。交通機関も麻痺した歴史的な大雪の日。

フラフラ歩いていた20代の女性について行ったら、家の中が整理できておらず、もうごちゃごちゃでした。

その理由を聞くと、父が亡くなってしまってから、母が気持ちを整理できず、家の中も整理できていない。

当時、父は「自殺」としてマスコミにも報道されたが、母はいまだに自殺なのかそうでないのか、確信が持てないという。

なぜならその父は、亡くなった当時、日本版CIAと言われる内閣情報調査室に勤め、イスラエルのモサドなど世界中の諜報機関と関わりながら、インテリジェンスの仕事に従事していた。家族にも一切仕事の内容は話せない、国家機密の中で暮らしていた。

そして、娘に宛てた遺書には「もっとあなたと過ごしたかった。私が死ぬのはあなたのせいではない」と記してあった……

……などという、まるで映画のワンシーンというか、映画を軽く超えてくるようなワンシーンが切り取れるのだと思います。

番組のロケ体制やその仕組みなどを知らず、また番組前段の「断られ続けているシーン」を見逃して、ついて行ったところから観たら、ネットに「テレ東ヤラセ乙」と書き込んでしまうのも致し方ないと思います。

銀河系最弱のテレビ東京が、70名という世界最大であろうディレクター数を抱えながら番組を作ることができる秘密こそ、「バランス崩壊力」です。

ただし、この手法で、どの予算を削るかに関しては「削るメリット」を生み出せる項目を選ぶ。あるいは、削ることによって生じる、一見デメリットと思える「効果」をプラスに転じる「仕掛け」を作ることが大切です。その方法については、『1秒でつかむ』という本にすべて書きましたので、よろしかったら読んでみてください。

こうして、予算のバランスを崩壊させることは、歴史が積み上げてきた、「どこかで見たもの」を覆すためにも、有効な手段です。

なぜなら、その予算のバランスの正体こそが、過去の歴史の積み重ねそのものだからです。