Jカーブを正しく潜るべし――新規事業のKPIは、売り上げではない

ゴール設定の時点で敗北!? 日本の起業家が世界で勝てない理由とは?<br />斎藤 祐馬(さいとう ゆうま)
デロイト トーマツ ベンチャーサポート 事業統括本部長
2010年より社内ベンチャーとしてベンチャー支援の事業を立ち上げ、7ヵ国・150人体制へ拡大。世界中の大企業の新規事業創出支援、ベンチャー政策の立案まで手掛けている。起業家が大企業100人にプレゼンを行う早朝イベントMorningPitch発起人。主な著書は『一生を賭ける仕事の見つけ方』(ダイヤモンド社)、「日経ビジネスオンライン」、「ダイヤモンドオンライン」での連載の他、メディア掲載多数。 「2017年 日経ビジネス 次代を創る100人」に選出。

ムーギー 他に、大企業のイノベーションをサポートしていて、壁だと感じることはありますか。

斎藤 Jカーブの存在を、周りが知らないことが辛いですね。

ムーギー 事業スタート時から、右肩上がりだと誤解されていると、新規事業なんてできませんよね。

斎藤 そうです。新規事業がスタートすると、多くの人は右肩上がりの成長を予想するんです。でも、最初の数年は停滞もしくは落ち込むことがほとんどです。

ムーギー いきなりいいことが起きると思わるけれど、実際数年間は、生みの苦しみの時期ですものね。

斎藤 だから、スタート時のKPIを売上げで管理すべきではないんです。たとえば、デロイト トーマツ ベンチャーサポートが立ち上がった当初を考えるならば、支援ベンチャーの数やメディアへの露出数、イベント数などをKPIにすべきです。まずは、大企業とベンチャーのプラットフォームつくることが大事なので、それにつながる要素で評価すべきです。
 Jカーブの底の部分、そこに「正しく潜る」。それをマネジメントするのが、難しいんです。

アジアでイノベーションのエコシステムをつくる

ムーギー 現在、御社が支援するのは、日本企業だけですか。

斎藤 日本、台湾、韓国、中国、シンガポール、バンガロール、イスラエル、シリコンバレーで活動を行っています。世界各国のデロイトと一緒の取り組みをさらに増やせれば、おそらく今後2年で30ヵ国ぐらいにまで広げられると思います。

ムーギー 今、重点を置いているエリアはどこですか。

斎藤 アジアですね。アジアナンバーワンのイノベーションファームにするのが、まずは目標です。
 今、各国の政府がそれぞれイノベーション政策を打っていますが、一国でイノベーションを起こすには限界が来ているんです。これから必要なのは、たとえば日本、シンガポール、インド政府が組み、それぞれお金出し合った上で政策を実施するような取り組みです。アジアでイノベーションのエコシステムを加速させる政策が必要だと思います。それは単一の国家では出来ません。
 当社のように各国に政府と仕事をしているメンバーがいて、そのメンバーが組む。それによってクロスボーダーなイノベーション政策を売っていくのが、これからの戦略です。

ムーギー 各国政府は自国をベンチャーの聖地にしようとしているので、各国が協働でベンチャーを支援する政策は、イメージが難しいです。そもそも国家は、自国が一番魅力的になるよう競争しますよね。それをどうやってうまくコラボレーションさせるのでしょうか。

斎藤 イノベーションのエコシステムをつくる際には、強みを最大化する必要があると思います。たとえばインドだったら、とにかく市場が大きく、IT人材が豊富。けれども、ものづくりは弱いです。

ムーギー 確かに。

斎藤 資金もまだまだ足りていません。一方でシンガポールは小さい国だけれども、政府の支援が手厚く、実証実験をやる場としては圧倒的に適しています。日本の大企業とインドのベンチャーが組んで、シンガポールで実証実験する事例を増やしたらいいと思うんです。シンガポールを経由して世界に発信すれば、シンガポールもハッピーです。
 あるいは日本は、世界的にもブランド力のある大企業があり、ものづくりの現場力はすごい。けれども、中国発のテクノロジーは、実はまだそれほどありません。深圳のドローンのように、他国からテクノロジーを取り入れ、格安にして、マス化しています。
 要は、それぞれの強み弱みがあるので、お互いサポートしながら、アジアでイノベーションのエコシステムがつくればと思うんです

ムーギー ウィンウィンのスキームをつくるということですね。

斎藤 これは、各国の政府が1対1やるのではなく、私たちみたいにアジアワイドで各国の政府とつながりを持ち、さらにベンチャーとつながっていないと描けないことだと思います。

ムーギー 斎藤さん、ところでいつからそんなにビジョンが大きくなったんですか。

斎藤 この2年ぐらいですね。

ムーギー 御社の事業というと、モーニングピッチの印象が強かったのですが、いつの間にか、アジアのベンチャーを変えることが目標になっているんですね。

斎藤 結局、ビジョンを大きくしていかないと、人を巻き込めないんです。当社も海外のメンバーが増えましたが、彼らを巻き込む難易度がすごく高いんです。日本ベースにドメスティックなビジョンを語っても、彼らは共感してくれません。

ムーギー 日本のことなんて気にしませんよね。

斎藤 だから世界で活躍しようとするベンチャーを支援することと、アジアのイノベーションファームをつくることが大きな目標なんです。
 現在、ベンチャーは規模が大きくなるとナスダックに上場して、欧米の投資家が主に投資をします。要は、アジアで育ったものに、アジアに詳しいわけではない欧米の投資家たちが投資し、リターンを得ています。これはアジアのためのアジアのイノベーションになっていないと思うんです。
 アジアのためのアジアの市場やプラットフォームをつくらないといけない。欧米と比べると、本当に新しいものが、まだアジアから出ていません。欧米で出来たモデルをコピーすることが多い。

ムーギー この違いは何から生まれるんでしょう。

斎藤 成熟度の問題があると思っています。とはいえ、社会の課題が起業家を生みます。インドなどでは、日々の社会課題は、欧米に比べて多くあります。

ムーギー そうですね。

斎藤 つまり、これを解決する起業家が、これからますます新しいサービスを生んでいくと思うんです。これがアジアワイドに広がり、世界に広がっていく。イノベーションが逆流する世界観をどうつくるのかが、大事です。アジアで力をあわせていく絵を描かないといけない。それが、これから私たちがやるべきことです。