若きガブリエルはなぜ
これほどまでに世界中で注目されているのか

 一体、若きガブリエルの何がそれほどすごいのか、なぜこれほどまでに世界中で注目されているのだろうか。それを理解するために、ガブリエル自身の言葉を借りながら、現代哲学の歴史を振り返るところから始めてみたい。

 ドイツのマルティン・ハイデガー(1889-1976年)に始まる「実在論(realism)」は、第二次世界大戦後に、フランスのジャン・ポール・サルトル(1905-1980年)らの「実存主義(existentialism)」に受け継がれ、様々な国の運動として広がった。これは、人間の実存(事物一般が現実に存在することそれ自体)を哲学の中心に置く思想的立場であり、これを一言で表現すれば、「実存(existentia)は本質(essentia)に先立つ」ということである。

 この考えは、キリスト教などにおける、人間には本質(魂)があり生まれてきた意味を持つという宗教的な考えを真っ向から否定するものである。第二次世界大戦ですべての意味が破壊される悲惨な状況を見て、人々は神が人生に意味を与えてくれなかったことを悟り、「自分の人生以外に、自分の人生に意味を与えるものは何ひとつない」、つまり、「まずあなたが存在する。そして、人生に意味を与える」と考えるようになった。

 その後、1960年代に入ると、実存主義は、クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009年)、ジャック・ラカン(1901-1981年)、ミシェル・フーコー(1926-1984年)などの「構造主義(structuralism)」による厳しい批判にさらされ、それに取って代わられるようになる。

 構造主義によれば、自分の主観は、自分を取り巻く文化的な価値観、家族、育った場所など、様々な要素からできあがった構造に依拠しており、それが人生に意味を与えるのだとされる。構造主義の祖・社会人類学者のレヴィ=ストロースが、世界各地の神話に共通で普遍的な構造が存在することを発見したことを契機としており、構造主義はそれを研究対象とし、そうした構造が何であるかを見つけ出そうと努めた。

 更に、これへの反動として、1960年代後半から 70年代後半のフランスにおいて、静止的な構造を前提とする構造主義に対して、近代的な物語を解体して、「脱構築(deconstruction)」しようとしたジャック・デリダ(1930-2004年)に始まる「ポスト構造主義(post-structuralism)」(ポストモダニズム)が興る。