ジョブズがアップルII開発時に持っていた「独自の正義」
あなた個人、あなたの会社は「独自の正義」を持っているでしょうか。その正義が広く普及したとき、人々に新たな利便性と自由・解放をもたらすか。
これは、山本氏が描いた「根本主義(ファンダメンタリズム)」の構造に酷似しています。
例えば、クレイトン・クリステンセンの『イノベーションのDNA』で紹介されている次の逸話は、ビジネスにおける根本主義(ファンダメンタリズム)がどう機能するかを示唆しています。
アップルの名を一躍世に知らしめたコンピュータ、アップルII。その鍵となったイノベーションの一つは、パソコンは静かであるべきだという、ジョブズの決定から生まれた(*2)。
ジョブズは禅と瞑想に深い造詣があり、コンピュータのファンの音が精神集中を妨げると感じていました。彼はこの信念から、アップルIIに冷却ファンを付けないことを決めていたのです。
当時としてはかなり過激な考えだった。それまでファンの必要性に異を唱える人などいなかった(中略)。発熱量の少ない新しいタイプの電源装置を開発しない限り、ファンをなくすことはできない(*3)。
ジョブズは「パソコンは静かであるべきだ」という独自の正義を持っていました。しかし、それ以前、コンピュータの電源装置には冷却ファンが必須でした。その意味で、ジョブズの正義以前のベスト・アンド・ブライテストとは、冷却ファンは必須、という前提を起点にして、最善の結果を追求することだったのです。
ベスト・アンド・ブライテストの否定とは、古い前提に拘束された最善解を排除して、前提のない状態で、最善・理想的な可能性を検討・追求することなのです。
普遍性の高い正義は、世界に新しい自由と解放を生み出す
ジョブズは新しい電源装置を設計できる人物を熱心に探し回り、当時アタリに勤めていたロッド・ホルトを見出します。強引なジョブズの勢いに負けたホルトが開発したのが、スイッチング式の電源装置であり、電子機器の電力供給方式の革命となりました。
史上最も静かで最も小型のパソコン、アップルIIがこのとき誕生したのです。
アップルIIの開発とジョブズの逸話には、見逃せない重要な結果があります。ジョブズの正義が、冷却ファンの騒音から世界の人々を解放したことです。彼独自の正義が、パソコンの騒音からの自由を世界の人々にもたらしたのです。
【ジョブズの正義と根本主義(ファンダメンタリズム)】
[1]古い前提を否定する、非合理ともいえる独自の正義を掲げる
[2]独自の正義の実現を合理的に追求する
[3]人々を古い前提から解放して、自由と新たな利便性を与える
たった一人の独自の正義、最初は非合理だったその正義が、古い前提を基にした最善解を否定します。その正義の合理的な追求は、一つのムラの枠を超えて、世界中のムラ人に新しい自由をもたらしたのです。これこそが普遍性の高い社会正義の力、と表現することもできるでしょう。
革新、革命、自由の創造は、普遍性の高い社会正義から生み出されます。その社会正義の普遍性が高いほど、一つのムラだけを幸せにするのではなく、より多くのムラを貫いて、幸せや利便性、新たな自由と解放をもたらします。
歴史上、高い尊敬を得た存在は、常に普遍性の高い社会正義を伴っていました。ムラを横断的に貫き、人々を拘束から解放し、新たな自由をもたらしてきたのです。
スティーブ・ジョブズが起業家として尊敬されたのも、人々を古い前提の拘束から解放し、自由を与える製品をつくり出したからでしょう。
ジョブズが尊敬していたといわれる、ソニーの創業者である盛田昭夫氏にも同じことが言えます。盛田氏がつくった創業理念は、技術者の解放と、最新技術の国民生活への即時応用だったのですから。
*3 クレイトン・クリステンセン他『イノベーションのDNA』(翔泳社)P.21