サイバーエージェントがめざす「実力主義型の終身雇用」とは?「感情報酬」はどのように設計されるのか?『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法』著者の柴山和久さんの対談シリーズに、サイバーエージェントの人事を統括する同社取締役の曽山哲人さんをお迎えしてお送りする特別対談。この後編では、独自の社内制度や経営判断プロセスなど、サイバーエージェントの核心に迫るとともに、資産運用との意外な共通点が浮き彫りになります。(構成:大西洋平、撮影:野中麻実子)
「実力主義型の終身雇用」をめざす
柴山和久さん(以下、柴山) いま日本の大卒で企業に勤務する人の退職金は毎年2.5%ずつ減っているという統計(厚生労働省「就労条件総合調査」)があります。仮にこのペースが続くと、今35歳の方が受け取る退職金の平均額は1000万円になる見通しです。時代の先を行くサイバーエージェントの報酬体系は、既存の年功序列型企業とは大きく異なるのでしょうか?
株式会社サイバーエージェント取締役人事統括
上智大学文学部英文学科卒。株式会社伊勢丹(株式会社三越伊勢丹ホールディングス)に入社し、紳士服の販売とECサイト立ち上げに従事したのち、1999年株式会社サイバーエージェントに入社。インターネット広告事業部門の営業統括を経て、2005年人事本部長に就任。現在は取締役として採用・育成・活性化・適材適所の取り組みに加えて、『最強のNo.2』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『クリエイティブ人事 個人を伸ばす、チームを活かす』(光文社)、『強みを活かす』(PHPビジネス新書)など複数の著作出版や、アメーバブログ「デキタン」、フェースブックページ「ソヤマン(曽山哲人)」をはじめとしてソーシャルメディアでの発信しているほか、経営者や人事が参加する人事勉強会コミュニティ「HLC」を主宰する。
曽山哲人さん(以下、曽山) 当社では入社の瞬間から最前線の仕事に就いてもらいますし、それだけ優秀な人に入ってきてもらいたいので、新卒の初任給は年収400万〜450万円と相対的に高めの水準です。ちなみに、僕が伊勢丹に入社した際の初任給は月額20万円で、手取りは12万〜13万円といったところでした。社歴が浅いうちの手取りはわずかですが、勤め上げればまとまった退職金が得られるという旧来型の後払い方式でした。だけど今は先行き不透明な時代ですし、弊社は先払いしていこうという思想の給与体系にしています。それから、勤続インセンティブとして、30歳時点から給与とは別に会社が積み立てていき、その人が40歳以降に10年以上の勤務経験を経て退職する場合には、いわゆる退職金として支払うという仕組みを敷いています。税金はかかりますけど。確定拠出年金の導入も検討したのですが、60歳にならないと支払われないという点がネックでした。
柴山 なるほど。今のご時世では必ずしも60歳で退職するとは限らず、もっと前に受け取りたいというニーズも少なくないですよね。
曽山 そうです。一定の基準で退職された時にきちんと給付されることが大前提です。それから、当社では日本企業固有の「年功序列型の終身雇用」ではなく、「実力主義型の終身雇用」を掲げています。実力者は、社歴にかかわらず厚遇し、長期で雇用していきたいと考えています。すでに2011年新卒からも取締役が出ています。
柴山 終身雇用や勤続年数にこだわるのは、どういった理由からなのですか?
曽山 ネット業界が成熟していけば、それまで以上に人脈と経験が求められてくるというのが当社の経営判断だからです。先々で、様々な方面にネットのビジネスが拡大していった際に、経験豊富で人脈の広い人材が社内にいれば、たとえば製造業や通信など既存の業界も含めてパイプ役を果たしてくれるものと期待しています。
ウェルスナビ代表取締役CEO
次世代の金融インフラを日本に築きたいという思いから、2015年に起業し現職。2016年、世界水準の資産運用を自動化した「ウェルスナビ」をリリースした。2000年より9年間、日英の財務省で、予算、税制、金融、国際交渉に従事。2010年より5年間、マッキンゼーにおいて主に日米の金融プロジェクトに従事し、ウォール街に本拠を置く資産規模10兆円の機関投資家を1年半サポートした。東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD卒業。ニューヨーク州弁護士。
柴山 いつ頃、そういった経営判断を下したのですか? ネットとつながる領域がさらに広がっていくという未来図を描けていなければ、そういった判断は難しいですよね。
曽山 2003年に、「21世紀を代表する会社を創る」という当社のビジョンを掲げたタイミングです。人材が著しく流出してしまうと、知恵やノウハウが蓄積されませんから、このビジョンを実現できません。それから、当時は欧米流の成果主義がもてはやされていましたが、日本には馴染まないというのが議論を重ねたうえでの弊社の結論でした。むしろ、日本人はチームで取り組んだほうが力を発揮しやすく、 “和”が大事だと考えたのです。そこで、個別の成果のみならずチームとしての働きぶりも評価するようにして、会社が社員のことを大事にする姿勢を打ち出しました。すると、社員も心から会社を大事に思ってくれるようになり、社内が一枚岩となって業績が向上しました。
柴山 その一方で、評価の際に改善を促し、場合によっては退職勧告もされる「ミスマッチ制度」という独自の制度も設けておられますね。
曽山 ええ。半年ごとに低評価だった5〜10人の一人ひとりと対話をし変化を促したうえで、それでも業務への取り組みに改善が見られなければ、部署異動を行うなど、本人が改善できるように対話を続けていきます。このミスマッチの認定基準は、「会社と価値観が合っているかどうか」です。これは外せないポイントで、仮に新卒1年目でスキルがなくても、価値観が会社と合っていて同じチームとして仕事をする気持ちがあれば問題ないんです。しかし、「価値観が合わない人を守らない」というスタンスは明確に打ち出しています。
柴山 特に大切にしている価値観とは、どんなものですか?
曽山 当社が掲げているミッションステートメントですね。それは、「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンに向けて個々の社員が主体的に動くためのルールであり、会社の価値観をまとめたものです。「有能な社員が長期にわたって働き続けられる環境を実現」や、「挑戦した敗者にはセカンドチャンスを」、「『チーム・サイバーエージェント』の意識を忘れない」などを掲げています。
他社で好評な制度を真似てもうまくいかない
柴山 報酬には、金銭の報酬だけでなく、感情報酬があるとのことでしたが(前編参照:リンク)、後者はどのように設計されているのでしょうか?
曽山 感情的な報酬は、ものすごく多面的です。たとえば、「褒める」ということは非常に重要ですし、「仲間と働く連帯感」「安心感」が支えになっている側面もあります。だから、いろいろと手を打っているというのが実情です。あれこれ試してみて、うまく機能しなければすぐ止めるというパターンです。うまくいかなかった施策の一例は、全社員に配布したマッサージの500円クーポン券です。社員にリフレッシュしてもらおうという意図だったのですが、「もっと働けということですか?」というリアクションが続出したのです。これは明らかに感情のマイナス報酬で、むしろやらないほうがマシと言えるもの。一方で、部署のメンバーで飲みに行く際に、懇親会費として1人あたり5000円を支給したことは好結果をもたらしましたね。「せっかく補助が出るんだから、行こう!」チームで飲みに行く理由ができたことで、今まではあまり交流のなかった部署もコミュニケーションを深める機会を持てるようになりました。
柴山 何かを一度やったら、それがずっとうまく機能するものでもなさそうですね。
曽山 基本的に、コミュニケーションはすぐに飽きられますから、「変え続ける」のがポイントです。感情報酬には上限がないですから、ずっと同じものをもらっていると、それがすっかり当たり前になって、嬉しく思わなくなるわけです。だから、手を変え品を変え、工夫し続けることが大事です。
柴山 なんとなく外部からのイメージで言うと、御社はリクルートのように、会社も社員も終身雇用を前提としない組織文化なのかと思っていましたが、話をうかがっているとかなり違うようですね。
曽山 実際、リクルートの方からも、「リクルートにすごく似ているように見えるけど、実は全然違うね」と言われます(笑)。リクルートの制度は非常に参考にさせていただいていますが、そのうえでサイバーエージェントらしくやるにはどうすればいいか、社員や経営陣の顔を見ながら突き詰めていますね。
柴山 ほかの会社でうまくいっている制度でも、必ずしもフィットしないということですね。
曽山 1つには、所属する人が違うからでしょうね。そして、もう1つは生業(ビジネス)が違います。同じ施策を別の組織でやってみても、これら2つの掛け算で、うまく機能しないことが多いですね。さらに言えば、ストーリーが違うというケースもあるでしょう。目の前の経営課題に応じて、いまこの制度をやるべき筋道があるはずなので、求められている制度は組織によっておのずと異なってくるものです。経営課題とは無関係な制度を外から丸パクリしても、あまり意味がありません。
柴山 「面白そうだからウチもやろうよ!」というのは、スタートアップの世界でよく見られるパターンですね。経営者がどこかのカンファレンスとかで聞きつけてきて導入したものの、社内が大混乱に陥ってうまくいかない、というのもよく聞きます。
曽山 あくまで制度は、目的ではなく手段ですよね。制度からではなく、経営課題から入るべきです。たとえば当社のケースで言えば、2000〜2003年頃は退職率の高さが深刻で、その改善が重要課題となっていました。そこで、それにつながるような制度を導入した結果、30%だった退職率を10%まで低下させることができました。
柴山 社員が定着してきたことに加えて、知名度もあがって、できたてのスタートアップを目指して入社された社員さんと、現状のサイバーエージェントを目指して入社される社員さんとでは、特性も変わってきたのでは。
曽山 そうですね。一言で言えば、多様化しました。年齢も、性別も、既婚・未婚も。たとえば象徴的なのは、約700名の女性社員のうち、産休から復帰した人が150人程度に達していることです。
そうした多様性を把握できるように、社員には月報(GEPPO)と呼ばれるアンケートを行っていて、たとえば、「今月のあなたの目標は明確ですか?」といった質問を投げかけ、「晴れ、曇り、雨」という単純な3択で回答してもらっています。7割が「晴れ」と答える中で「雨」と答えた人たちについて掘り下げてみると、中途入社してきて間もない人たちであったり、新たに発足したばかりで目標を明確にできる状況ではない部署であったりすることがわかります。ほかには、普段から役員が社員と食事をともにすることも心掛けています。社長の藤田(晋氏)も、週の半分程度は社員とランチや飲み会に出ています。1ヵ月で70~80人とランチに行くと、年間1000人ぐらいと行けますから、計10人の役員でのべ1万人と話せます。それによって、経営が社員の状況や特質を把握もできます。ただあくまで当社で重要なのは経営陣にどのような思想があるか。それを業績に結びつけられるように社員たちとも交流を図っているので、食事ありきというわけではありません。
「A or B」ではなく、「A and B」で決断する
柴山 話をうかがっていて感じたのですが、一貫して2つの違う策を組み合わせている気がしますね。金銭的な報酬や月報のようにデータと、社員と御飯を食べにいって肌で伝わってくる感覚といった真逆のアプローチを同時に行っているのが印象的でした。
曽山 確かに、その通りですね。ビジョナリーカンパニーは「A or B」という二者択一の発想でなく、「A and B」の「AND思考」で、どんなに困難でも両方を選びます。たとえば典型例は、過去にスマホの新規事業を立ち上げるために、600人の広告部門から200人を異動させるという思い切った経営判断を行ったときのことです。新規事業に参入するという選択はもう後戻りできないから広告部門に対して率直に伝えて、誠実に対話するしか術はありません。だから、「とにかく2年間、広告部門400人で頑張ってほしい。業績は伸ばさなくていいから」と藤田が自分の言葉で訴えかけたわけです。そして、400人体制にしたところ実は営業利益がかつての2倍になりました。結果的にムダな業務がそぎ落とされて、お客様に丁寧なフォローができるようになったからです。
柴山 一見、無理なように思われても、工夫をすれば2つを選択できることもあるわけですね。
曽山 選択できないこともありますが、模索して解が見つかると、それがイノベーションとなります。矛盾を乗り越えないと、組織は大きくなれません。個々の人間がつねに矛盾を抱えているので、組織も矛盾のかたまりです。
柴山 投資も同じかもしれませんね。資産運用は数式とロジックの世界ですが、実際には人間の感情によって、無意識のうちに支配されてしまっています。その結果、正しい判断が行われないということが往々にして起こる。かといって、感情を完全に切り離し、理屈だけで進められるほど人間は強くありませんし、その両立をどうやって果たすかが金融サービスの課題となっています。
曽山 金銭面で安心できれば心理的にもより大きな挑戦ができるようになりますし、そういった意味でも資産運用は重要です。柴山さんはご著書の中で、最低限の安心できる資産として2年分の年収という目安を提示されていましたが、自分ができる範囲で安心を築いておけば、チャレンジしやすくなりますよね。
柴山 最後をうまくまとめていただいた!本日はありがとうございました。