「同じ量を話している」と錯覚させる
もう一点、注意すべきことがある。
あまりに「質問」してばかりいると、相手も「情報を与えすぎているかもしれない」と警戒心を抱くおそれがある。そのような警戒心をもたれないようにするために、私が意識しているのは「同じ量を話している」と錯覚させることだ。
つまり、「質問」を主軸にしながらも、ときどき、こちらの情報も明かすのだ。もちろん、自分にとって重要なことは伏せたほうがいい。たとえ「小さな情報」であっても、こちらも相手と「同じ量」の話をしていると思わせることができれば、警戒心を和らげることはできる。
たとえば、明らかに「金額」が重要な争点となる交渉において、「この交渉はすごく時間がかかりそうだと考えている。3ヵ月以内に解決すればいいと考えているけど……どうだろう?」などと、自分の考えを“チラ見せ”するイメージだ。
この程度の情報でも、相手は「胸のうちを明かしてくれた」と感じて、さらに情報を与えてくれるかもしれない。「小さな情報」を出すだけで、「大きな情報」を得ることもできる。「エビで鯛を釣る」というわけだ。
ジョン・レノンはなぜ『ロックンロール』を作ったか?
また、相手の真意を探るときに、常に念頭に置いておくべきことがある。
それは、「戦いを避ける方法はないか?」という自問だ。交渉は「自分の目的」を達成する手段である。「自分の目的」を達成できるのならば、できるだけ戦いを避けるべきなのは言うまでもないからだ。
相手の真意がわかれば、そもそも対立点がなかったことがわかることもある。
「オレンジ」の話を知っている方も多いだろう。姉妹が一個のオレンジの取り合いになって、どちらも譲ろうとしない。しかし、両親が姉妹の話を聞くと、一瞬で問題は解決した。なぜなら、妹はオレンジの果肉を食べたかったのだが、姉はオレンジの皮を使ってマーマレードを作りたかったからだ。
つまり、姉妹は一個のオレンジを取り合って対立したが、お互いの「目的」は別のところにあったのだ。お互いの真意を理解すれば、一個のオレンジを分け合うことで、双方の「目的」を達成することができることもあるということだ。
もちろん、このようなケースは、現実のビジネスでは珍しいだろうが、可能性がないわけではない。このようなイメージをもちながら、相手の真意を探ることは非常に意味のあることだと思う。
あるいは、ひとつのアイデアで対立を解決することができることもある。
たとえば、ジョン・レノンが1975年に発表した『ロックンロール』というレコードがそうだ。ロックンロールの古典をカバーした全米6位を記録したヒット・アルバムだが、このレコードをつくるきっかけには「盗作騒動」があった。
そもそもの発端は、ビートルズ時代にジョン・レノンが作曲した「カム・トゥゲザー」という曲にある。この曲が、チャック・ベリーの楽曲の出版権者モリス・レヴィという人物から、チャックの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」というヒット曲の盗作であると、訴訟騒ぎを起こされたのだ。
数年にわたって揉めたようだが、最終的に示談が成立。その条件が、モリス・レヴィが所有する楽曲をジョン・レノンがレコード化することだった。ジョン・レノンのレコードはヒットするに違いない。そのレコードに楽曲が収録されれば、モリス・レヴィに莫大な印税が転がり込むわけだ。
これは、なかなかの妙案である。モリス・レヴィの目的は金。ジョン・レノンは「盗作問題」での裁判沙汰は避けたかったはずだ。その両者の目的をともに満たすアイデアだ。しかも、そのレコードが売れれば、双方にメリットがある。まさに、創造的な解決策だと言えるだろう。ちなみに、ジョン・レノンは『ロックンロール』で「ユー・キャント・キャッチ・ミー」をカバー。しかも、わざと「カム・トゥゲザー」に近い歌い方をしているのだから、面白い。
このように、お互いの「真意」が明らかになれば、創造的な解決策が生み出される可能性がある。そして、「戦い」を回避することができるのだ。そのような可能性を念頭におきながら、交渉相手とのコミュニケーションを行うことを忘れてはならない。