『転職の思考法』 著者の北野唯我さんと、『組織開発の探究』(中原淳・中村和彦 著/ダイヤモンド社) の著者で、立教大学経営学部教授の中原淳さん。同時期に「組織から脱出する本」と「組織からの脱出を防ぐ!?本(=組織のまとまりを促す本)」を出版した二人が、今、日本企業が直面している課題から、これからのキャリアの築き方やマネジメントのあり方、人事と経営陣のあるべき関係性まで語り尽くしました。
中原さんは、学生たちに「転職の思考法」を読むことを薦めたそうです。その理由は「今の就活生たちは10年後、最も苦労する世代となる可能性があるから。そして転職というカードを、常に片手にもちつつ仕事をする時代がきっとくるから」だと言います。いったいどういうことなのでしょうか? 全3回に分けてお届けします。
(構成:井上佐保子、撮影:森カズシゲ)

転職を意識しながら
就活する学生たち

北野唯我(以下、北野):中原さんのご著書はこれまでいくつか読ませていただいていたので、ブログに『転職の思考法』を取り上げていただいたときは、思わず「おおー!」と、声を上げました。すごく嬉しかったです。僭越ながら、『転職の思考法』は、中原さんのお書きになっている内容と共通点も多いのではないか、という気がしていまして、今日はお話をうかがえることを楽しみにしてきました。

中原淳(以下、中原):ありがとうございます。こちらも北野さんにお会いできて幸いです。ブログを書くと、よい出会いがありますね。じゃあ、今日の対談は、そもそもなぜ北野さんは転職の本をお書きになったのか、というところから始めましょうか。

中原淳(なかはら・じゅん)中原淳(なかはら・じゅん)
立教大学 経営学部 教授(人材開発・組織開発)
立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2018年より現職。著書に、『組織開発の探求』(共著者中村和彦、ダイヤモンド社)『残業学』(光文社新書)、『研修開発入門』『駆け出しマネジャーの成長戦略』『アルバイトパート採用育成入門』、『職場学習論』(東京大学出版会)、『経営学習論』(東京大学出版会)など。他共編著多数。

北野:日本の大企業に今も残る昭和型の雇用システムの中では、40代後半になるまでキャリアの勝敗が見えません。キャリアを会社任せにして進んでいくことに、我々20代、30代の多くが「このままではヤバイ」と危機感を持っています。にもかかわらず、転職にはまだまだ高いハードルがあります。「転職は悪いことではないし、会社が言うことが絶対ではなさそうだ」と、みんな薄々気づいているのに、誰もはっきりと言わない。そこをはっきりさせなくては、と思ったのが、この本を書いたきっかけです。中原さんがブログでこの本を取り上げてくださったのはなぜですか。

中原:それには、自分の研究のバックグラウンドが深く関わっていますので、長くなりますが、まずはそこからお話しますね。かつて私は「職場学習論」(東京大学出版会) という本で、経営学・人材マネジメントの世界にデビューしました。本の内容を端的に言うと、「“ザ・日本的大企業”の中の職場で人はどのように成長するか」を明らかにしたものです。これを共同研究として構想・企画していたのは、いまからちょうど11年前。大企業の躍進は、まだまだ揺るぎないものでしたし、職場の環境も厳しくなりかけてはいますが、今よりもっとゆとりがあったように思います。また職場メンバーの多様性も、今ほどではなかったような気がするのです。

北野唯我(きたの・ゆいが)北野唯我(きたの・ゆいが)
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、最高戦略責任者。レントヘッド代表取締役。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。著書にベストセラーとなったデビュー作、『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社)他、1月17日刊行の最新刊『天才を殺す凡人』(日経新聞出版社)。

北野:なるほど。

中原:それからほぼ11年。かつて僕が「職場学習論」で描いた職場環境が、さらに変化してきたな、という思いがあります。最近では、大企業ばかりではなく、あえてスタートアップを選ぶ人も増えてきました。職場メンバーの多様性はあがり、様々な雇用形態のひともいます。テレワークなども推奨され、働き方も多様化しています。このようななかで、僕自身の研究の方向性は、ここ3年でかなり変化してきました。「多様性」という問題と、地に足をつけて向き合おうしているのです。

北野:時代とともに、扱うテーマも変わってきたのですね。

中原:この数年間で、日本の職場は激変しました。「働く大人」は正社員の男性だけではなく、女性もいれば、非正規雇用の人も、シニアも外国人もいます。最近書いた本は、「アルバイト・パート採用育成入門」「女性の視点で見直す人材育成」「組織開発の探究」(ダイヤモンド社)そして「残業学」(光文社新書)など。扱っているテーマは多岐に渡っているように見えますが、実は一貫して「多様な人が職場で働くようになるとき、どのようにして働きやすい職場やチームを作るのか」というテーマに沿った内容となっています。
一方、そうした中で、常に気になっていたのが、「個人が職場を移る」、つまり「転職」の問題でした。たしかにこれからの職場は「多様化」していくけれど、働くひとの「キャリア」も同様に「多様化」していくだろう。組織のなかで自分のキャリアをまっとうする生き方も、まだまだ支配的だけれども、おそらく中長期に見てみれば、こうした終身雇用的な生き方は「相対化」されるに違いない。今より、もっと「離職」「転職」が盛んになっていく。しかし、一口に転職といっても、これにどのように独自のアプローチで切り込むことができるだろうか。こうしたことを「科学」にするためには、どうすればいいのだろう。職場を移った個人がキャリアの途上で「遭難」しないように生きていくにはどうすればいいのか、と、僕は考えていたのです。共同研究を数年にわたって進めているパーソル総合研究所さん、パーソルキャリアさんと、離職・転職にプロジェクトを立ち上げようかということを話していた時期でした。ですので、この本に出会って「初めて真正面から『転職』を捉えた本が出たぞ!」と、感じました。素晴らしい問題提起だな、と思いました。

北野:中原さんはブログに、この本を「学生に薦めたい」と書いてくださいましたが、学生たちの反応はいかがですか?

中原:大部分の学生は「就職もしていないのに、もう転職ですか?」と、怪訝な顔をしますが、勘のいい学生は「これからは組織に頼らず生きていかなくてはならないんですよね。その場合は市場価値というものが大事ってことですね」と、意図を理解しています。大切なのは、今の学生は、アンビバレントな感情(両面感情)をもっているということです。一方では、彼らは「できれば長く働き続けたい」と思っている。しかし、しかし、もう一方の片手では「転職」のカードを切らなければならないときがいつかは来そうだな、とも同時に思っている。このアンビバレントさのなかで、片手に「終身雇用」、片手に「転職」カードをもって、街に出ようとしています。

北野:おお、さすがですね。中原先生は長く就活に臨む学生を見続けられてきたわけですが、10年前の学生たちと今の学生たちは変わっていると思われますか?

中原:変わってきていますね。今の学生たちは片手に「転職カード」を持って就活をしています。そこが圧倒的に違うところですね。桐蔭大学の溝上慎一さんの研究によると、すでに大学三年生の37.5%が「3年以内に転職がある」と考えていますし、2016年度の日本生産性本部の調査によると、新入社員の54.6%が「条件のよい会社があれば、さっさとうつるほうが得である」と考えているそうです。

北野:そうですよね。

中原:北野さんには釈迦に説法かも知れませんが、日本の転職者数自体は、マクロに見ると、統計上、決して増えているわけではありません。だいたい安定的に推移しているのです。ただ、転職へのハードルは下がってきていることは確かです。今は、転職をふつうの選択肢として持ちつつ働く、「片手に転職時代」だと感じます。「転職のハードルが低下した時代」ともいえますね。

北野:おもしろいですね。僕はワンキャリアという就活サイトを運営する会社の執行役員をしているのですが、サービスを利用している学生150名に「セカンドキャリアを意識しているか」というアンケートを取ったところ、半数以上が「意識している」と答えました。

中原:先ほど申し上げたように、「片手に転職」「片手に終身雇用」のほかに、学生のあいだいに「二極化」も生まれているような気がします。一方は「企業名というのはもはや自分についているラベルに過ぎない」と考え、意識高く就職活動ができている学生です。おそらく、高収入予備軍層ともいえるでしょう。こうした学生は、確かに増えている感覚があります。一方で、「仕事はほどほどでいいから安定した職に就きたい」と考える学生も多く、感覚的にはそうした人たちが6、7割を占めています。この2つには、かなりの格差が生まれると思います。学生たちのなかで、二層の分化が進んでいるように思います。

北野:おっしゃる通りで、公務員志望者が増えているというデータもあります。ただ、僕の目からは、意識高くキャリアを築いていこうとしている層にも、仕事はほどほどでいいという層にも、根底には、変化の激しい社会への「不安」があるように見えます。

中原:ああ、なるほど。どちらの層持って安定を求めていることは同じながら、「安定を求めるからこそ自己を高めなければならない」というトップ層と、「安定を求めるからこそ大企業や人事制度にしがみつかなくてはならない」という層に分かれているということなのでしょうね。

飛び抜けて優秀な学生は
「外を見ている」

北野:中原さんは大学教員として多くの優秀な学生を見ていらっしゃると思いますが、学生の中でも飛びぬけた優秀さを感じる学生には、どのような共通点があるように思いますか?

中原:共通点の一つは、「キャンパスの外の、外(社会)を見ているかどうか」でしょうか。大学生は、本人たちは「多様性のある存在」だと思っているかもしれませんが、実際それほど「多様な存在」ではありません。大学性とは、それぞれの大学ごとに、同じような年代の、同じような学力をもった、同じような社会的出自の、同じような価値観をもった、比較的均質的な人たちの集団です。そうした中で4年間まったりと過ごしてしまえば、まったりと過ごせてしまうのです。これに対して、「キャンパスの外の、外(社会)を見ている学生」は違います。意識的に外を見ようと行動に移せる学生はやはり伸びていくように思います。

北野:外を見ているかどうか、というのは、『転職の思考法』の中で「一生食えるかどうかは、『上司を見るか、マーケットを見るか』で決まる」と書いていることと同じことのように思います。

上司を見るかマーケットを見るか

中原:まさにその通りです。私はこの1行を読んで、「この本が言いたいことのすべてはこの絵に集約されてる」と思いました。大学生たちはこの絵の中の『上司』が『先生や先輩』に置き換わったような世界にいるのです。私はこうした狭い世界の中にいる学生たちに外の世界を見せてあげるのも大学教員の仕事の一つだと考えています。わたしは仕事柄、企業によく出向くのですが、できるだけ、そうしたリアルな現場に、学生たちを見学に連れて行くようにしています。

北野:学生のうちから外の世界を見られるのはいいですね。外を見る、という点でいえば社会人でもできていない人もいますよね。

中原:たしかに。私は企業の研修を行うこともあるのですが、入社してからずっと、与えられた仕事をこなすだけの働き方をしていたために、自ら新たなものを創り出すことができなくなっている人は多い気がします。そうした働き方のまま35歳以上になってしまうと、取り戻すのはかなり難しいと思います。そうならないためには、先ほども話に出たように、外の世界でなにかのプロジェクトに参加してみたり、大学院に挑戦してみたり、なにか知的生産につながることを意識的にやってみるしかないと思います。

北野:ぬるま湯の中で同じ仕事を繰り返しているだけでは、思考停止してしまいますしね。僕は仕事を充実させるためには、適度な緊張と緩和のバランスが大切なのではないかと思っています。中原さんも「安心屋と緊張屋の両方を持つと心のバランスがとりやすい」とおっしゃっていますよね。

中原:人というのは、安心と緊張、両方がないと挑戦はできないものです。安心だけでは挑戦しようとしなくなりますし、緊張だけでも怖くて挑戦できなくなってしまいます。私も自分に対して、「なんか俺イケてるかも、と思った瞬間がヤバイ」と言い聞かせるようにしています(笑)。

北野:なるほど。肝に銘じます。

今の就活生たちは10年後
最も苦労する世代となる

北野:学生たちの間には大企業志向というのがまだまだ強いかと思うのですが、今の就活生にアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか?

中原:ベンチャーとか大企業とか、企業のサイズや枠で選ぶんじゃない。「伸びてる場所に身を置け。以上」です。言いたいことは、シンプルです。

北野:え、それだけですか?

中原:成長市場、成長産業、伸びているところにいることが、育成に一番効果的であることが、僕の過去の研究から明らかになっているからです。組織サイズや組織の種別や人事制度が、ひとを育てるわけではありません。伸びていく事業や新規なものを生み出す場こそが、育成にとって重要です。

北野:『転職の思考法』でも、まったく同じことを書きました。成長産業は「イス」、つまりそこで働ける人の数がどんどん増えていき、若手にもチャンスが与えられる。逆に、衰退産業は「イス」の数が減っていき、なかなか若手にはチャンスが回ってこないですから。

中原:もう一つ、付け加えるとしたら「10年先に備えろ」です。今の就活生たちは10年後、いろんな形でキャリアにひずみが出てくることを経験することになるのではないか、というのが僕の見立てです。

北野:今の就活生が10年後に直面するキャリアのひずみとは?

中原:今、日本の大学生たちは、戦後最も就職がしやすい状況にいます。日本の完全失業率は2.5%程度であり、世界的に見ても非常に低い。選ばなければ、誰でも就職はできてしまう世代です。ですが、10年後はかなりの苦労を経験することになるだろうなと思います。

北野:といいますと?

中原:これまで、日本企業では、年功序列、職能給制度により入社後、給料もポストも右肩上がりで上がり続け、55歳定年でピークを迎えて終わり、だったのです。ところが、日本社会は今、企業では定年延長などで65歳、70歳まで働けるような動きが活発になっています。といっても人口減少社会の中で、右肩上がりの成長が見込まれない中では、今後も総額人件費を増やすことはできません。

北野:ええ。パイが変わらないので全体的に薄くする、つまり支給額を下げていくしかない。

中原:そうなると、右肩上がりの賃金上昇カーブを保つことはできなくなり、できる人はポストを得て右肩上がりになるけれども、そうでない人はそのまま、といった差が出てきます。その格差が早ければ30代、または35歳頃までに顕在化するようになってくるのではないか、というのがわたしの見立てです。

時代ごとの賃金カーブのイメージ図

10年後、この分岐点に直面した時に、路頭に迷わないようにするために、今から『転職の思考法』を読み、10年後の自分のマーケットバリューを高めていく、つまり自分を経営するマインドを身につける必要があるのです。

北野:なるほど。とてもわかりやすいです。僕は常々、「時代が許した約束」というものがある気がしていて、でもそれらは破られてしまうことがあるなと感じています。たとえば、戦時中は「敵を殺せ」ということが許されましたが、今は許されません。「終身雇用」というのも、昭和、そして平成には時代が許していた約束だけれども、今はその約束が破られつつあるという気がしています。その点についてどう思われますか?

中原:経営学の言葉でいう「心理的契約」という概念に近いかもしれませんね。組織は従業員に、従業員は組織に、明文化しないけれども約束していることがあります。その心理的契約の一つが「終身雇用」なわけですが、確かに今、それは反故になりかけています。そして、働く人たちもそれに薄々気づいている状態で、だから常に「転職」というオプションを意識しながら働かざるをえない。今の就活生たちは、この「片手に転職」時代を、したたかに生き抜いていかなければならないのだと思います。
(続く)