【おとなの漫画評vol.16】
『ナポレオン-獅子の時代-』
全15巻 2003年~2011年
長谷川哲也
少年画報社
『ナポレオン-覇道進撃-』
既刊16巻 2019年3月現在
長谷川哲也
少年画報社
「英雄」ナポレオンを
写実を超える表現で描いた長編漫画
本作はフランス革命とナポレオン戦争を描いた長編漫画だが、読者は剣で斬られ、銃弾に貫かれ、砲弾で吹き飛ばされる体験をするだろう。写実を超えたすさまじい熱気と表現で、私たちを1800年前後のヨーロッパへ連れていく。大陸ヨーロッパの多くの会戦の模様が図解入りで物語となっているが、よく研究されているうえに文章によるかなり長いコラムも付され、史実描写の信頼度を上げている。
2019年3月時点で単行本計31巻に及ぶ大長編である。ナポレオンは中学や高校でも社会科で必ず学ぶフランスの政治的な偉人であり、数々の功績が知られている。また、フランス革命の精神を引っ提げてヨーロッパ大陸全土を戦乱に巻き込んだ軍人だ。遠島の果てに最期を迎えるまで、フランス革命(1789年)からわずか20年で世界を引っ繰り返した「英雄」である。
19世紀初頭、ヨーロッパ市民階級の青年たちは、ナポレオンがフランスから持ち込んだ革命の精神である「自由・平等・博愛」、そして市民の私的財産権や信仰の自由の保障に感動し、ナポレオンこそ「世界精神」であり、「英雄」だと熱狂的に歓迎した。
ナポレオンは王権と封建体制を解体する英雄だったのである。そう考えた代表的なドイツの青年がベートーヴェンだった。彼の交響曲第3番(1804年)はイタリア語で「エロイカ(英雄)」と名づけられているが、もともと「ボナパルト」と題してナポレオンへ献呈するはずだったところ、ナポレオンが独裁的な皇帝に即位(1804年)すると失望し、「ボナパルト」をペンで消して一般的な「エロイカ」へ改題したとのだという。