連立パートナーのDUPは、「北アイルランドだけにEUの規制が適用され続ければ、英国との一体性が損なわれる」と批判する。これに対して、スコットランド民族党(SNP)は残留派だが、「合意なき離脱になれば、スコットランドだけEUに残留し、英国から独立するチャンスだ」という思いが見え隠れしたりする。このように、さまざまな思惑があるのだが、これらはすべて首相案に対する「反対票」になるのだ。

 一方で、SNPの「隠れた思い」は別としても、離脱強硬派も含めてほとんどの議員が「合意なき離脱」を望んでいないということも明らかになった。さらにいえば、EU側も「合意なき離脱」は望んでいないことも、である。メルケル首相はEU首脳会議の後、「英国と激しく決裂すれば後世に厳しく裁かれる。私たちはメイ首相を助けたかった」と語っているのだ。

 要するに、英国とEUの激しい交渉の過程で、誰もが「合意なき離脱はリスクが大きすぎる」ということを理解したのだ。これが、これだけ四方八方から袋叩きに遭いながらも、メイ首相の「脅し戦略」がいまだに破綻していない理由となっている。

もし「権威主義的」な国で
EU離脱が進められたら?

 英国人は今、大変に不安な状況に置かれているわけだが、「幸せな人たち」だなとも思う。なぜなら、EU離脱が「権威主義的な国」で進められていたとすれば、ゾッとするからだ。

 権威主義的な国では、強いリーダーが大衆に対して、「EUに払っている拠出金が返ってくる。国民は豊かになる」とアピールし、熱狂的にEU離脱が決まる。その後、拠出金が思うように返ってこないことも、EUとの交渉がグダグダになっていることも、情報統制されて大衆は知ることがない。

 政府の発表は、EUとの交渉は連戦戦勝で、こちらの要求はすべて通ったと「大本営発表」だ。そして、国民が本当のことを知ることができるのは、経済がめちゃくちゃになり、クーデターなどで体制が転覆されて、貧困に落ちてからだ。気が付いた時には、後の祭りということだ。

 この連載で主張してきたことだが、「政策の間違い」に国民が気付き、体制の転覆という過激な方法を取らずに、それを直すことができるのは、民主主義だけである(第198回・P.6)。英国民は、メイ政権とEUとの間の離脱交渉のプロセスを、いいことも悪いこともすべて見ることができた。そして、3年前の国民投票の時には知らなかった、EU離脱の困難さを理解することができた。今、英議会への請願を受け付けるウェブサイトには、離脱の取りやめを求める署名が集中している。週末にはロンドンで、100万人を超える人が「EU残留」を求めて、デモを行った。