◎緊張の有無が問題ではない。「目的」に沿って行動することが大切

 ここが治療の経過の中での要所でした。緊張で逃げ出したい気分、また失敗するのではないか、という予期不安にかられる患者さんに対し、「緊張したかどうかを基準にするのではなく、『伝えたいことを相手に伝える』という目的に沿って行動することが重要」だと説明しました。

 プレゼンの本来の目的を考え、要点をまとめ、伝わりやすいように工夫するなど、十分準備をして臨むように励ましました。患者さんは緊張したものの、無事プレゼンを終えることができ、「逃げないでやってよかった」と達成感を得ることができました。

◎緊張、ストレスは、誰にでもあるもの

 私も学会講演、院長講話など、大勢の前で話す機会が多いですが、初めの頃には緊張して臨みました。場数を踏んでいくうちに徐々に慣れてきましたが、いつも聴衆の反応は気にしています。

 経営コンサルタントを経て、30代後半で異業界からヘッドハントされ、外資系金融企業の営業・販促担当専務執行役員であった50代の患者さんは、30代後半の頃、毎朝、多数の部下への朝礼での訓話中に、緊張のあまり発汗、動悸、めまいが続きました。

 気合と胆力には自信過剰気味でしたが、何しろ金融業界は初めて。年上で経験豊富な50代の部下からの「お手並み拝見」といったプレッシャー、アメリカ本社からの売上目標など、相当なストレスがありました。

 そこで、社員のモチベーションを高め、営業成績をアップさせるために、どのような話をするか、社員の心に響くフレーズは何か?笑いをとるネタはないか?など、「目的の達成」のための準備を入念にすること、そして、社員のレスポンスを敏感にキャッチして、日々試行錯誤することを勧めました。

 その後は、短期間で、朝礼のスピーチ中の動悸、めまいが収まり、自然な形で乗り越えることができました。自分自身の経験のおかげで、その後は、部下がメンタルの病にかかっても、寛容になることができたそうです。

※本稿は実際の事例・症例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため相談者の個人名は伏せており、人物像や状況の変更などを施しています。ご了承ください。

◎中村敬(なかむら・けい)
東京慈恵会医科大学附属第三病院院長、精神医学講座教授、森田療法センター長。日本森田療法学会理事長。日本サイコセラピー学会理事、日本精神神経学会代議員など。著書(編書)に『よくわかる森田療法 心の自然治癒力を高める』(主婦の友社)、『神経症を治す』(保健同人社)、『森田療法で読む社会不安障害とひきこもり』(白揚社)など多数。寝たきりを予防するための行動変容外来への助言、メディカルヨガへの森田療法の導入など、森田療法の汎用性を生かした幅広い活動も展開中。2019年8月の国際森田療法学会(中国)は「人間哲学としての森田療法を世界中に広げよう」がテーマ。