金融サービスは、銀行や証券、保険などの専業事業者のみならず、新規参入者があいつぎ、新たな顧客獲得・収益拡大競争が始まっている。本連載では、異業種の挑戦を紹介していく。この第1回では、丸井、メルカリ、楽天など新旧入り混じった小売業の取り組みを追う。

生活の裏側にある潤滑油としての金融サービス

 「金融はそれ自体に価値がある商品やサービスではない。誰も朝起きて、『今日は金融サービスを楽しみたい気分だわ』なんてつぶやいたりはしない」

 というのは、元英国金融サービス機構長官のアデア・ターナー氏の言葉である(著書『Between Debt and the Devil(債務、さもなくば悪魔)』より)。

小売業で相次ぐ金融ビジネス参入小売業で相次ぐ金融ビジネス参入

 資本主義が発達した現代社会において、「金融サービス」というと、元手となるお金をうまく運用してより大きなお金に育てるなど、金融そのものが独立したサービスとして価値を生み出しているようなイメージがある。しかし、その本質は、ターナー氏が指摘するように、人々や企業の日々の営みをスムーズにするための“潤滑油”である。何かモノを買った時の決済手段やローンをイメージするとわかりやすいだろう。

 そうした金融サービスの提供者は今や、いわゆる「銀行」や「証券会社」「保険会社」といった従来の金融事業者にとどまらない。異業種から新規参入が相次ぎ、しのぎを削っている。本連載では、金融ビジネスに参入する異業種の戦略の違いやその勝算を分析していく。この第1回では、小売業の参入について、その概要と成否のポイントをまとめてみよう。

 異業種からの金融ビジネスへの参入が加速度的に進むなか、Eコマースの巨人である米アマゾン・ドット・コムの一挙手一投足に注目が集まるのは、その企業規模や利用者数の巨大さゆえだけではない。圧倒的なシェアを持つ購買プラットフォームとして人々の生活の隅々まで入り込んでおり、金融サービスを効率的に提供する土壌が整っているところに理由がある。今回は、小売業の金融参入事例について、その概要と成否のポイントをまとめてみよう。

丸井のTsumiki証券と小売業とのシナジーは?

 2018年5月10日、ファッションビルや百貨店を運営する丸井グループは、「すべての人に金融サービスを提供する金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)」を掲げ、証券事業に参入することを発表した。100%子会社であるTsumiki証券を通じ、同社グループが発行するクレジットカードを決済手段とした投資信託の販売を行うことがその事業内容だ。

 都心部に店舗を構える小売り百貨店のイメージが強い同社だが、もともとは割賦販売からクレジットカード事業に展開した同分野のパイオニアである。同社のエポスカードの会員数は約670万人にものぼり、金融事業は従来、同社主要事業のひとつであった。

 証券事業への参入がひときわ注目を集める所以は、エポスカード会員のもつ他事業者にはない独特の顧客基盤にある。約半数が40歳未満、約7割が女性という顧客層向けの資産運用サービスは、「若年層向けの積み立て専用サービスは収益化が困難」(金融業界関係者)といわれる既存のセオリーへの挑戦である。
 そもそも金融の役割は大きく分けて4つある。

1. 資金移転(決済)
2. 資金供与(融資)
3. リスク移転(保険)
4. 資産運用

 このうち、「1.資金移転」と「2.資金供与」は、モノを購入して支払いをしたり、大きな買い物をしたりするための借金がその典型例である。これらのサービスの特徴は、金融機能の利用とその資金使用のタイミングが近く、金額が利用時点でおおむね固まっている点だ。これらと比べて、医療保険などを含む「3.リスク移転」や、「4.資産運用」は実際に資金を使用するのが遠い将来時点であり、その時点の金額も変動することが通常である。一般の生活者にとって独力で利用するにはハードルが高い。

 また、「1.資金移転」「2.資金供与」は小売り事業との組み合わせが比較的しやすいため、丸井グループでも小売業の成長にあわせて堅調に伸びてきた。しかし、「4.資産運用」と顧客の購買活動は直接的に組み合わせづらく、単に若年層や女性中心というユニークな顧客基盤を持っているというだけで一足飛びにうまくいくとは言い難い

 クレジットカードを利用した投資信託の購入という緩い連携に留まらず、各種サービスをより強く一体化させ、顧客がその中で様々なサービスを利用することにメリットを感じる経済圏を構築することができなければ、単発のサービス事業で終わってしまうことも十分あり得る。今後の追加的な施策が注目される。

二次流通発のメルカリ経済圏

 一方、同じ小売りカテゴリーにおいて、二次流通市場発の独自の世界観を武器に金融サービスの稼働開始を発表したのが、フリマアプリ運営会社のメルカリである。

 2019年2月13日、設立から1年以上の準備期間をかけ、金融事業子会社メルペイの電子決済サービスが満を持してスタートした。非接触決済とコード決済の両方に対応し、約135万か所もの加盟店で使用できる電子決済サービスに加え、メルカリでの取引実績からなる信用情報をもとに、残高がなくても後払いで取引ができる「メルペイあと払い」というサービスを提供する予定だという。

 同社の金融サービスの特徴は、メルカリの売上金がアカウント内に滞留し、それをメルカリ内や加盟店での決済で使えるところにある。つまり、金融サービスが顧客の販売行動をサポートするのみならず、次の購買行動にもつながり、それがさらに次の金融サービスの利用につながるという連鎖が、同社アプリのなかですべて実現されることになる。

 今回発表された金融サービスは、先ほどの金融の4機能でいえば「1.資金移転」「2.資金供与」機能に留まるが、今後は「3.リスク移転」「4.資産運用」といったサービスへの展開も視野にいれていると耳にする。前述のとおり購買プラットフォームと直接は組み合わせにくいそれら金融機能を、いかにスムーズにその世界観に組み込むかがカギとなるだろう。

 また、同社の場合、サービスの起点が新しい商品を販売する一次流通ではなく、中古品やリユース商品を対象とする二次流通市場である。それが私たちの生活にどこまで根付くのか、というそもそもの挑戦もある。

 他の小売業からの金融参入に比べ、その点での追加的ハードルの高さはあるもだろう。しかし、最初から独自の経済圏構築を目指し、各サービス・事業を最適化する進め方は非常に戦略的でもあり、同社の取り組みに対する期待感は大きい。

楽天経済圏で完結する金融サービス

 小売り・購買プラットフォームを中心に独自の経済圏を確立し、そのなかでの金融サービス事業が成果をあげている代表例が各種オンラインサービスを展開する楽天グループであろう。

 もともとはインターネットショッピングモールである楽天市場を中核とする事業体であった。現在はグループ傘下に証券会社や銀行をはじめ、カード会社、信託銀行、保険、資産運用会社、仮想通貨交換業者などを抱え、その営業利益の約半分を金融関連事業で稼ぎ出している

 楽天経済圏の好循環を生み出しているエンジンがクレジットカード事業だ。楽天市場で取り込んだ顧客を、好条件のポイント還元でカード決済やローン利用に結び付けるとともに、オンライン証券口座の開設や資産運用商品の購入、保険サービスの利用などへ送客する流れがしっかりとまわっている。

 金融の4機能で整理すると、購買プラットフォームと親和性が高い「1.資産移転」「2.資産供与」のみならず、「3.リスク移転」「4.資産運用」サービスまでも経済圏に組み込み、徐々にではあるが実績を積み上げつつある状況と言えるだろう。丸井やメルカリなど、これから金融サービスの幅を広げようとする他の新規参入プレイヤーにも参考になるのではないか。

カギを握るのは独自「通貨」の循環

 楽天経済圏における金融事業を支えているのは、クレジットカード会社をはじめとする各金融事業体である。だが経済圏を成立させる必要条件として、グループ内に金融事業運営リソースをすべて自前で揃えることは必ずしも必要ない。仮に外部の金融機関と連携するスキームを選択しても、販売力や顧客基盤を背景に交渉すればよい。

 自社が運営する購買プラットフォーム等とスムーズに連携できるサービス設計ができ、それぞれの金融サービスを顧客が利用した時に、十分な収益が還元される仕組みを構築することができれば、経済圏は成立し得る。従来型の金融機関が若い世代の顧客層にリーチできずにもがいている現状、顧客基盤やそこへの効率的リーチ手段を背景に、金融機関から有利な条件を引き出す交渉は決して難しくはない。

 それよりも重要なのは、経済圏内に流通させる独自「通貨」の発行とその運営戦略である。たとえば日本円という法定通貨が国内の様々な経済活動を結び付けている。同じように、それぞれの経済圏内で利用できる「通貨」を効果的に活用することにより、顧客の購買行動を自社が提供する金融サービスにより効率的に結び付けることが可能である。また、顧客IDを用いることで、その購買行動や金融サービス利用の実態を詳細に分析し、経済圏内の顧客の活動をより活発化する施策も講じることができる。

 楽天経済圏でいうと、この「通貨」の役割を果たしているのが「楽天スーパーポイント」である。楽天市場での商品購入やカード利用などに応じてポイントが付与されるのだ。そのポイントで投資信託を購入したり、保険サービスの利用手数料の割引を受けたりすることが可能となる。現金ではないものの、楽天経済圏のなかでは、現金と同様に使うことができる。

 丸井やメルカリをはじめとする他の小売り・購買プラットフォームが金融ビジネスに参入する場合、その事業特性から「1.資金移転」「2.資金供与」サービスへの展開は比較的容易であると思われる。ただ、その先の「3.リスク移転」「4.資産運用」へとサービスを拡大し、幅広い金融サービスを効率よく提供するには、それぞれ独立した単発のサービスとしてではなく、経済圏における統合されたサービスとして設計する必要がある。その際、それぞれが持つポイントを「通貨」として活用し、金融サービスにも利用できる世界観を持たせることが成功のカギになる(次回テーマは、コンビニの金融ビジネス参入)。