このように、指導者ばかりではなく、生徒たちにも体育会系の発想は根付いていた。もちろん、体育会系ということばをひとくくりにして、批判するつもりはない。しかし、「非合理を受け入れて、根拠のないことでも疑わずに実行する」というメンタリティをよしとしていた空気が、かつては根深くはびこっていたように思う。

 就職活動の定説として、「体育会系の学生は有利」というものがある。この定説が事実かどうかは採用する会社や業態、採用戦略によっても違うため、一概に正しいとは言えないが、該当するネットの記事を読んだだけでも、「体育会系の学生は命令に忠実。素直で根性がある」などと評価する採用担当者の声を拾うことができる。

根性論がはびこる会社はブラック企業?

 ところが、冒頭でも指摘したように、今、体育会系という概念が岐路に立たされている。大学のアメリカンフットボール部を舞台にした反則指示疑惑、スポーツ界を揺るがしているパワーハラスメント問題。また、高校野球でも投手の酷使を防ぐため、球数制限の議論が俎上に乗せられている。

 まだまだ多分に問題含みだが、「練習中は水を飲んではいけない」といったような明らかに非合理で根性論的な指導は、現場ではほとんど見かけなくなったのではないか。成功したアスリートのドキュメンタリーなどを見ても、科学的データを用いた練習に力を入れていることがわかる。

 就職活動や会社の組織運営でも、体育会系的なもののとらえられかたは、変化しつつある。特に学生や若い社員の間では、「ブラック企業」という言葉が定着していて、そのイメージの中には理不尽な命令を押し付ける、旧態依然とした体育会系的な組織運営も含まれている。会社が一生面倒を見てくれる終身雇用の時代なら、まだそれでも我慢しようと思う人がいたかもしれないが、今の時代はそうはいかない。