「応援団を応援すること」が
“Lean in”する上での自分の軸
鈴木 キャスターをしていた時、自分がよく知らないニュースのコメントを求められることもあって。そういう時に取り繕おうとしても、何も言えないんですよね。そこで学んだのは、「分からないものは『分からない』と言えるなら、なんと楽なことか」っていうことで。
それと同じで、仕事でも普段の生活でも、「私はこれが課題です。今、これが辛いんです」と正直に言えるようになると、協力してくれる人が集まったり、恋愛ができるようになったり。「私はがんを経験したの」って言えなかった時、すごく「恋愛難民」だったので、「率直で正直で」って大事だなとあらためて思いますね。
――お二人が一歩踏み出そうと“Lean in”して社会的活動を続ける中で、どんなことが軸になっていますか?
鈴木 私は、大学生時代、30カ国くらいバックパッカーで旅をしたり、ママチャリで日本縦断したりしていました。日本縦断では、毎日、その日会った人の家に泊めてもらって、インタビューして回るみたいな怖い者知らずの学生だったんです。そのときから、「世界に生きてる人って、みんなそれぞれ事情を抱えて悩んでいるんだけれども、世界のいろんな争い事とか不理解とかって、『知ること』でギャップが埋まって」と思うようになって。人が人をより知ることができたら、その人をより愛することができるし、社会が安定を伴って平和になるんじゃないかと。
人が互いの人を知るきっかけを作っていくのが「伝えること」で、それをやっていきたくて報道の道に進んだのかなと。仕事を辞めてからもそれは変わっていなくて、人がどんな事情を抱えていても、周りの人たちが想像力を豊かにしてその人のことを想像できるような社会になってほしいと。そういう居場所を作りたいと思って、いろんな社会活動を続けていますね。そういう思いを、つい最近本(『もしすべてのことに意味があるなら』に書いたんですが、そういう社会をつくために人に伝えたいことを伝えていくっていうことが、自分の軸になっていると思います。
村木 「いい社会にしたいなぁ」っていうのは、公務員だったこともあるので、私もずっと思ってきたんだけど、鈴木さんの場合、それが、「伝える」っていう手段の中でなんですね。私の場合は、役所勤めなので、現場で活動する人じゃない。だから、現場で頑張っている人を応援する、「応援団を応援する」っていう形でやりたいなぁと思って。それは、辞めてからもやっぱり変わってないですね。
鈴木 立場は違っても、社会的活動に踏み出す人には、それぞれ軸があるものなんですね。
村木 私は鈴木さんの話を聞きながら、ああそうなんだなって分かった気がしました。
<続く>