漢字や漢文への思い入れが深い中国の人々
日本で開催の『顔真卿展』も大フィーバー

 いくら漢詩、漢文のお国柄とはいえ、新元号の発表からわずかしか時間が経っていない段階で、すぐに『文選』にある張衡の詩がもとになっているのではないか、という指摘が飛び出すというのは、非常に鋭いとしかいいようがない。

 しかも、私とSNSでつながっている知人や友人(大卒者がほとんどだが、特別なエリートというわけではない会社員や教師)でさえそのように指摘しているのを見て、中国人の古典への造詣の深さ、漢文への関心の高さを改めて感じさせられた。

東京・上野で開催された『顔真卿展』には多くの中国人が足を運んだ
東京・上野で開催された『顔真卿展』には多くの中国人が足を運んだ Photo by Kei Nakajima

 この一件で思い出したのだが、今年の2月にも同じように、中国人の漢字や漢文への思い入れの深さを強く感じさせられる出来事があった。東京・上野にある東京国立博物館で開催されていた『顔真卿展』を見に行ったときだ。

 顔真卿(がんしんけい)とは唐代の書家・官僚の名で、書聖といわれる王羲之を超えたともいわれる人物。今年1月中旬から約1ヵ月間、開催されていた展覧会に私も足を運んだのだが、そこは「ここは中国か?」と思うほど数多くの中国人が入場して、ごった返していたのだ。2月上旬の時点で入場者が10万人を突破した同展には、台北の故宮博物院に収蔵されている顔真卿の傑作「祭姪文稿」(さいてつぶんこう)が展示されており、めったに見られないその作品を目当てに、春節の大型連休を利用して大勢の中国人がやってきていた。

 日本人でも書道に親しみを感じている人はもちろん多いし、幼い頃から書道教室に通っていたという人も相当いるだろう。だが、一部の書道家や愛好家を除いて、一般の日本人は、草書、隷書、楷書などの書体についての知識や興味はあまり多くないのではないだろうか。また、日本人は、習い事や授業の一環として書道の経験はあっても、その後、わざわざ書道展を見に行く機会は、絵画展などの美術展に行く機会と比べると多くないと思われるし、書道展のほうが規模は小さく、日本ではどちらかというと「書道」は話題になりにくいのではないか、と個人的には思う。