中国に続き日米も断念
青年が最終的に向かった先は?

 アニメのみならず、日本食のファンでもあり、李君は都内の食べ歩きも好んだ。彼ら“90后”(1990年代生まれ)は、中国都市部では日本食が身近になりつつあり、チャンネルを回せば日本のアニメが放映されていた世代でもある。90后にとって日本の生活は「実に楽しい」(李君)ようだ。

 日本ファンならなおのこと、日本での“会社勤め”もあり得る選択だ。現に李君は「“日本モデル”が何かを知るためにも、日本企業を選択してみたい」と話していた時期もあった。実際、いくつかのIT企業に照準を絞り、企業研究も始めていた。

 ところが、企業研究をするほど、李君の中で「日本は有名企業の数は多いが、将来性はどうなのか」という漠然とした不安が募るようになる。“失われた20年”の風評もあるのだろう、米国の友人や親戚からも「日本企業は大丈夫かと心配されました」(同)。李君はこうも話もしていた。

「己の欲せざる所は人に施す勿れ――これは中国の故事成語ですが、中国以上に日本社会はこれをよく実践し、『人に迷惑をかけない』が社会の暗黙律になっています。しかし、これを踏み外せば受け入れてもらえない社会でもあります。こうした厳しい環境に外国人の僕が適合できるのかどうか…」

 筆者の期待もあえなく砕け散ってしまった。

 その李君が最終的に選択したのは欧州だった。欧州はアジア系の学生に対し「勤勉」という評価を与えており、インドや中国からの人材を歓迎しているという。EU内の移動の自由度も高く、就職の対象企業は格段に広がる。李君は間もなく欧州の親戚のもとに身を寄せ、ここを足掛かりに活動を開始するという。今や「世界的な人材不足」といわれているが、優秀な人材ほど漂流を余儀なくされているのかもしれない。

 ちなみに彼の就活には、“切羽詰まった感”がほとんどなかった。筆者は数ヵ月にわたり彼の就活をウオッチしてきたが、むしろ「余裕」すら感じさせられた。確かに、「海亀」と呼ばれる彼らは、米国に家を持って留学できるほどの富裕家庭の出であり、金銭にはほとんど頓着がなく、時間的なゆとりも精神的な余裕も十分に有していた。

 2000年代までの海亀族であれば「金銭的待遇」がひとつのインセンティブだったかもしれない。しかし、“90后”であり“富二代”の彼らが、中国政府の誘いに乗って“技術移転”にやすやすと応じるとは想像し難い。近年は幼少期から国際教育を受けた中国人人材も増え、マインドも“非中国化”が進んでいる。李君はほんの一事例にすぎないだろうが、中国の高度人材の質の変化というものを感じずにはいられなかった。

 米中貿易戦争による「海亀」の大量回帰は起こり得ないかもしれない。ましてや、金銭をインセンティブとする「海亀」を介した技術移転に至っては、世代交代が進む中でますます困難なものになるのではなかろうか。李君の就活を見ていて、そんなことを予感した。

(ジャーナリスト 姫田小夏)