同様の例は、孫氏がまだ新進気鋭の起業家であったときのインタビューにも見られる(「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」1992年4・5月号)。孫氏は、ある大手家電販売店の社長に対してソフトウエアを売り込む際に、「もし日本のパソコン・ディーラーとしてナンバー・ワンになりたいのなら、ソフトウェアのディストリビューターのナンバー・ワンを見つけなければだめ」なのだとアピールした。

 しかしながら当時、孫氏は「金もないし、ビジネスの経験もほとんどないうえに、製品の持ち合わせ」もなかった。確かに最も力のあるソフトウエア販売代理店と組めば、パソコンは最もよく売れるかもしれない。しかしどのようにして孫氏が「ソフトウェアのディストリビューターのナンバー・ワン」になれるのか。彼には自信がありながらも「証明するようなものがあるわけではなかった」と語っている。

 孫氏は望むべき状況を結果として示しながらも、それを実現する原因・要因を意識的に省いているフシがある。人は通常、ある結果が起こると予測する際には、それを必然的に引き起こす原因を指摘し、因果関係を説明しようとする。孫氏は彼が理想とする最善・最高の結果(時価総額200兆円、ナンバー・ワン・ディストリビューター)をビジョンとして示しながらも、それをもたらすはずの原因をブラックボックスの中にしまい込んでいるのである。

 こうしたブラックボックス化について、実は孫氏は、極めてシンプルながら、社会の流動性に言及しつつ正当化を行っている。

 すなわち、情報や技術、社会情勢が変化するとき、そのときのビジネスの手法は変わらざるを得ない。従って、予測不能で流動的な未来について、ある結果をもたらす具体的な原因を指摘しても意味を成さない、というのである。

 こうした思考が背景にあるとすれば、孫氏が新たな技術、事業分野への投資やソフトバンクアカデミアのような人材育成に傾注しているのも理解できる。予測不能で多様な可能性がある未来に向かうには、日々変化する状況に対応できる多様性を伴った連携組織をつくり上げるしかないのである。

 ところで、「新30年ビジョン」を発表してから9年たったが、現在のソフトバンクの時価総額は約12兆円である。これは当初掲げた年率17%成長を上回るペースで成長していることを意味する。