外部連携の狙いは「異分野融合」
たんぱく質の質量分析で、2002年にノーベル化学賞を受賞した島津製作所の田中耕一氏も産学連携でイノベーションを起こそうとしている現役の研究者である。
ノーベル賞受賞の翌2003年に設立された「田中耕一記念質量分析研究所」は、田中氏が発見した質量分析技術を応用した研究に取り組んでいるが、東京大学医科学研究所、京都大学、広島大学、北海道大学など40以上の機関と連携を進めてきた。
実は、民間企業のサラリーマン研究者だった田中氏自身がノーベル賞を受賞したのは産学連携がきっかけだ。
受賞の業績になった質量分析の手法は、当時の田中氏自身、それほどすごい発見だとは思っていなかった。だが、その“目利き役”になっていたのが大阪大学だった。質量分析の第一人者だった阪大の故松尾武清氏は、田中氏の発見を評価し、海外に論文発表するよう強く勧めた。それで田中氏が生まれて初めて書いた英語の論文がノーベル賞につながった。こうした産学の連携がなければ、ノーベル賞は生まれなかったのだ。
当時の島津と阪大は正式な産学連携の契約を結んでいたわけではない。また「大学が基礎研究で、企業が応用研究」という役割があったわけでもなく、互いの研究を高め合う関係だった。「産学連携は肩肘張る必要はない」というのが田中氏の口癖だ。質量分析の研究は、化学だけでは完結せず、電気工学や電気回路、情報ソフトウエア、物理学、医学や薬学など学術間連携が欠かせない。こうした「異分野融合」でイノベーションを生み出す狙いだ。
ノーベル賞受賞から16年。ついに大きな成果が生まれた。2018年2月、島津製作所と国立長寿医療研究センターの共同チームが、わずか数滴の血液でアルツハイマー病の原因物質を検出できる技術を確立したのだ。まさに異分野融合の好例だ。まだまだ田中氏の質量分析技術は、他の病気の早期診断や、農業、環境などへ応用範囲が広がる。
「異分野と組むことで成果が出るのは分かっている。これからも産学連携や産産連携を広げ続けていく」と田中氏は意気込む。
田中耕一(ノーベル化学賞受賞)
――日本の研究力の低下についてどう見ていますか。
論文数が減っているのが数字として出ているので、そうなのでしょうね。大学の基礎研究の予算を配分し直すのも手なのかもしれませんが、そういう危機に対して私たちが企業としてできることは、産学連携や産産連携で、オープンイノベーションの場をつくることだと思っています。
私の質量分析研究所は来年1月から、本社内に建設している4階建ての新棟の「ヘルスケアR&Dセンター」に引っ越します。私たちは2階以上に入るのですが、1階にはわれわれの質量分析装置を提供して、オープンな場所にします。
基礎研究の予算が足りない人からお金を取ることを考えていないので、国の科学研究費補助金(科研費)を申請するためのデータを作るとか、ちょっとしたことに使ってもらいます。従来の「共同研究」のような堅苦しい定義に縛られずに新たなつながりを生み出せるような場所にしたい。そういう産学連携は今までなかったのではないでしょうか。
産学連携といえば、大学が基礎研究をして企業が応用という役割だったのかもしれませんが、その逆もあっていい。従来の枠にはめるのではなく、共同研究契約などは結ばずに、手弁当でやる共同研究もある。そうした意識改革を広げていければいいと思っています。
――日本はイノベーションを再び生み出せますか。
イノベーションとは技術革新ではなく、もともと何かと何かをくっつければいい話。異分野の融合が大事です。特に質量分析の分野は、化学だけでなく、工学、物理学、医学、薬学、分子生物学といったようにいろいろな分野と関わっています。
私は東北大学の電気工学科を卒業して島津製作所に入社しましたが、そんな学卒の人間がなぜノーベル化学賞をとる発明をしたのかというと、異分野の人たちが集まる場所が自然にできていたからです。
日本人はそうした分野を超えたコミュニケーションは、昔からやってきていると思います。
――産学連携で、企業と大学の関係が擦れ違うこともあるのでは。
私は大学の先生とは良い関係を築けたので、なるべく日本の大学と連携しています。ただ、日本企業は海外の研究所と、日本の大学は海外企業と付き合うということがあるので、せっかく日本語で話せる近くの相手とうまくつながっていないことがいまだにあるように思います。
本庶(佑)先生が「企業はもっと日本の大学に目を向けるべき」と言ってくれたのは良かったと思います。私からは、日本の大学はもっと企業の力を評価してください、とセットで言っておきたいと思います。産学連携は大事ですが、大学の先生が上から目線になってしまって、産学連携に心理的な壁をつくっていたことがあるのかもしれません。互いに上でも下でもなく知恵を出す。日本中で産学連携が広がればいいですが、そのときに大学の先生には、企業を“業者扱い”しないでくださいね(笑)とは言いたいです。