校長のランドリー氏自身の年収は8万6000ドル、教師らの年収は5万ドル程度である。「校長の年収が高すぎる」という批判もある。寄付金はどこにどう消えているのだろうか。同校のウェブページには「学費の支払いが遅れたら除籍する」という警告がある。報道で紹介された保護者の声の中には、学費を「高いシッター代」と表現したものもある。

 とりあえず、1990年代に業務でウェブプログラミングも行っていた私は、「ウェブデザイナーくらい雇ったら?」と言いたくなる。それほど、同校のウェブページは素人くさいのだ。

虐待、徹底した統一テスト対策
「成果」の代償を払うのは誰か

 米国の寄付文化は、日本にも必要なのかもしれない。しかし、寄付文化と同時に発達させるべきものは数多い。米国には、寄付する側とされる側両方に関する情報を集積して発信する団体や、非営利団体を格付けする団体が、複数存在する。格付けの根拠の1つは、経理の適切さと透明性だ。成熟した寄付文化があるだけではなく、非営利団体で働くことが魅力的なキャリアの選択肢の一つとして確立されている。それでも、ランドリー氏の学校の問題は発生した。

 問題は、教育内容にもある。ランドリー氏は暴力によって、生徒たちを支配して洗脳していた。もちろん見逃されていたわけではなく、2013年には法廷で「怒りをコントロールするトレーニングを受けること」という内容を含む保護観察処分を受けている。

 教育内容にも疑問が持たれている。ドリルの繰り返しであったり、高校相当学年では進学のための統一テスト(ACT)のための訓練であったりする。学力では測れない生徒の能力や経験に関する書類を作成するのは、学校側だ。その書類では、生徒の育った家庭に関するベタな貧困ストーリーが描かれたり、実在しない親の虐待が捏造されていたりする。さらに、似つかわしいボランティア歴が捏造されたり、修得していない科目によって単位数の帳尻が合わせられたりする。