凡人にこそ、自己分析が欠かせない理由
前田 メモについての記事に大きな反響があったことの他にも、僕にはもうひとつ『メモの魔力』を書いた明確な理由がありました。
『人生の勝算』の最後で、僕は「自分のコンパスを持っているか」と問いかけたんです。人生という航海に出るのに、コンパスがないと迷っちゃうよね、と。ただ、出版後、「自分のやりたいことがわかりません」という声がたくさん届いてしまって。だから、次は本を通じて自分を知ることができる「自己分析」の書にしたいなと。
北野 仕事選びって「自己分析が必要なタイプ」と、「要らないタイプ」の2パターンありますよね。前者のことを、僕は「太陽タイプ」と呼んでいるんですが、生まれながらに明るくて人が寄ってくるタイプの人っているじゃないですか。そういう人には、自己分析なんていりません。でも、「月タイプ」の人間は、少なくとも自分のことくらいロジカルに説明できないと、天性に人を惹きつける「太陽タイプ」に勝てないんですよね。
前田 ほんとうにその通りですね。僕は自分が天才じゃないという実感が、すごく強くあるので。
北野 それは、いつ頃から?
前田 小学生6年生くらいからかなあ。これは『人生の勝算』にも書いたんですが、僕は幼い頃に母親を亡くして、貧しい時期が長くありました。当然、勉強よりも生きることに意識が向いていたので、決して優秀・天才とは言えない小学生だった。でも、小学校高学年の頃、クラスにいる恵まれた人たちや自分より優れていると思える人たちを越えていきたいと、ふとしたきっかけで強く思ったんです。そのとき、凡人が天才に勝つための武器として絶対に必要だったのが、自分をよく知ること、すなわち「自己分析」でした。小学校高学年くらいから、メモを通じて、たくさん自分を見つめ始めました。
北野 その文脈でいうと、僕も自分が「月タイプ」だという自覚が小学生くらいから強くありました。では、「月タイプ」にとって、人生ってなにか?というと、人生は「自分のことを好きになるプロセス」ですよね。前田さんにとってはそれが「メモを取ること」だったのかもしれませんね。
「二倍給料をください」と申し出た新卒時代
北野 自己分析、つまり前田さんにとっての「メモ」って自分の人生にどんな影響を与えたと思います? メモがない、つまり内省のツールがなかったら今の人生と大きく変わっていましたか?
前田 まったく違う人生になっていたかと思います。僕は新卒で外資系銀行に就職するわけですが、その決定自体、自己分析がなかったらしていなかった。僕は小学生のときに母を亡くしてからというもの、生きるモチベーションをなくしたような状態になりました。でも、そのとき兄貴がまさに無償の愛で僕のことを育てて、救ってくれたんですよね。だから、僕の中で一番大切なものを突き詰めていったら、それは「兄貴の幸せ」だった。そのときは、「兄貴の分まで稼いでやろう、人の二倍給料がもらえるようなところに入ろう」と決めました。
北野 おお。面接でも、「人の二倍給料ください」って言ったんですか?(笑)
前田 言ってましたね。「僕、確実に他の人より二倍以上のバリュー出す自信があるから、二倍の給料で雇ってください」と。相当強気です(笑)。
北野 面白いなー。その絶対的な自信というのは、それこそ中学生の頃からストリートでお金を稼いでいた経験が影響してるんですか?
前田 そうですね。仮説検証を繰り返していけば、自分が打ち立てたゴールに絶対たどり着けるんだ、みたいな自信があったので。小学校六年生の頃、ギター一本で月10万円稼ぎたいって目標を立てたんです。実際にやってみたら、最初は苦労したけど、努力を積み重ねることで本当に10万円稼げました。その経験が、すごい自信になったのかなと思います。大学受験のときも、「受ける大学・学部に全部受かります」と宣言して、実際に全部受かった。つまり、今の自分にとって何段階も上のハードルを設定することを、自分に課してきたんです。北野さんも、そうやって成功体験によって自信を培ってきたタイプですか?
北野 そうですね。先もいったように、我々のようなタイプにとって、人生って「自分のことを好きになっていくプロセス」だと思うので。たとえば、僕は大学入った時に音楽を始めたんですよ。理由は、「自分が一番苦手で才能がないから」。僕は高校時代に社会起業家として活動していたんですが、すでに高校生の割には成果を出していたんですよ。だから、そっちの道に進むこともできた。でも、それでも、音楽を選んだのは「才能がない」と思うものに対して、ちゃんと努力し成果を出せたら、それは人生の糧になる、と思ったからです。絶対その後の人生にとってプラスになるなと。
前田 なるほど、素晴らしいですね。
北野 本当に、僕は、音楽のセンスはまったく、1ミリもなくて(笑)。今でも覚えてるんですけど、実家で暮らしていたとき、毎日朝2時間ぐらい早く起きて、キーボードで練習する生活をしていたんです。すると、一年くらいたったとき父親がバッといきなり部屋に入って来て、「お前な、音楽だけはやめたほうがいいぞ。お前には才能がない」って真顔で言われました。僕が隣で歌ったり楽器を練習してるのを見て、本当にこいつはだめだ、と思ったんでしょうね。
前田 優しいお父さん(笑)。
北野 それでも、2年続けたときにようやく閾値を超えたのか、パッとうまくなる瞬間があったんですよ。そのとき、やっぱり、自分がどれだけ才能がなくても、苦手でも、プロセスを分解して努力を積み重ねれば、自分に得意なものにできるんだなって思えました。やはりね、我々みたいに、もともとセロトニン少なめのタイプは「人生って自分のことを好きになっていくプロセス」なんですよね。だから、『天才を殺す凡人』も『転職の思考法』も結局は、自分のことを好きになって、認めていくプロセス論でもあるんですよね。ただ……こういう話って、あんまり共感しやすい話ではないですよね。
前田 そう、そうなんです。「じゃあ、自分も」とは、なかなかならない。