G7並みになるだけでいい。追い越さなくても。
柴山 先ほど、日本経済だけ海外勢と比べて敗けているという話がありました。日本の場合、人口全体は減少してはいても、この5年ぐらい労働人口は増えてきていたんですよね。GDPを「人口×1人当たりGDP」に分解して考えると、要は1人当たりの生産性が著しく低いということですよね。
安宅 そうですね。全産業を比べても、対ドイツ、イギリス、フランス、アメリカで、日本はほぼボロ敗けしてます。たとえば農林水産業で、アメリカはともかく、ほとんど似たような国のはずのドイツやイギリス、フランスと比べて1桁以上低いのは、きちんとやるべきことをやれてない、以外の何物でもない。(参考資料リンク:https://drive.google.com/file/d/1sdWV-H7m4gK6uKpCryAiMFr2LuR0HRME/view?usp=sharing)
柴山 生産性が10倍も違うということは、日本人が1日8時間働いたぶんを、他の国の人は1時間でやっているという計算になりますよね。情報通信でさえ、アメリカと2.5倍の差がある。
安宅 はい。でも、これはつまり、日本がやるべきことをやっていないだけだ、ということですよ。「宿題をやってこなかっただけじゃないか疑惑」です。
柴山 この生産性のギャップを埋められたら、日本経済は今の倍以上に成長できる、という計算になります。人口が減り続けても、飛躍的に成長できますよね。
安宅 いけるでしょう、普通に考えると。とりあえず我々がG7で仲よくしている国並みの生産性に引き上げるだけでいいんです。追い抜く必要はない。並ぶことができれば、日本の場合は、そもそもの日本経済の規模、支える人口自体が大きいので、一気にいい感じに成長できるはずです。そんなに無茶な話じゃありません。他の先進国並みに行こう、というだけのことなんです。
柴山 他の国の1日分の仕事を、なぜ我々は何日もかけてやってしまっているんですかね。たとえば、情報通信産業でさえも3倍前後の差がある。この状況を、どこから手を付けると変えられるでしょうか。
安宅 やっぱり付加価値をどうとるか、から考えるべきではないでしょうか。単純に売り上げ規模しか見ないのではなくて、いくらで仕入れて、いくらで売るかを考えて、利益を最大化するだけでいい。だから、値付けは大きいと思います。
この話を茂木(敏充・経済財政政策担当)大臣の懇談会でした際、ある官僚の方が「我々が、高い値段を付けられるような物を作っていないのではないか」と言うわけですよ。でも、僕は違うと思うのです。たとえば、無印良品の洗面器はすごく美しい。他にデパートに行ってもこんなセンスのいい、素材感的にも素敵な洗面器は売っていない。しかし、値段は350円。仮にコンランショップで独占的に売ったら2000円ぐらい付けると思いますよ。マツダの車も同じです。あの美しさはヨーロッパ車に全然引けを取らないし、機能も遜色ない。でも、値段が3分の1なんです。
このプラネット全体に賭けなければ!
柴山 マーケティングが弱いのでしょうか。
安宅 いや、プライシングの執念が足りていないのです。いきなり3倍にするのは難しくても、10年ぐらいかけて少しずつ上げていくことはできると思う。1対3の差を、0.8対1ぐらいまで詰めることはできると思うんです。
柴山 競争が激しくなると、日本の経営者はまず価格を下げますよね。
安宅 昔のソニーのように、きちんとプライシングをやっていた時代もあるんですよ。トリニトロン管カラーテレビなんて、世界中でソニーだけ2~3倍高かった。僕も留学時代、RCA(アメリカ・ラジオ会社)の100ドルのテレビがあるなと思いつつも、ソニーが好きだから500ドル近く出して買ってましたよ。
柴山 付加価値を生み出し続けていくことや、プライシングに安易な妥協をしない経営が重要だということですね。今回の対談をまとめると次のようになりますね。
★個人はレアな人材として活躍すること目指したキャリア設計が大切
★国や大学では、流行りの研究テーマを追いかけるのではなく、多様な研究テーマに投資していくことが大切
★企業は、過当競争を続けて安易な値下げするのではなく、付加価値を生み出し続けていくことが大切
みんなと同じことやるな、一人ひとりユニークに戦え、ということになりそうです。今、老後に向けた資産運用の重要性に注目が集まっていますが、投資や資産運用もユニークさを追求するべきなんでしょうか。個人はどのように生き残るべきなのでしょう。
安宅 資産運用でもプロを目指すのならそうかもしれませんが、僕には無理です。僕の場合は利害相反にならないように個別の会社の株式には投資していなくて、主に投信ですが、何回かトライはしたんですけど、上手くいきませんでした。日本だけじゃなく、インドとか、いろいろ試しはしたんですけどね……むしろ減っていて、塩漬けになっています(苦笑)。柴山さんの著書『これからの投資の思考法』を読んでわかったのは、世界全体への分散が全然足りてなかったんだ、ということです。「このプラネット全体に賭けなきゃいけなかったんだ!ただし日本以外で」という点を理解しました(笑)。だから、柴山さんに弟子入りして、この星とともに成長する経験をしてみたいと思います。たまたま自分の住んでいる島が成長していなかったんだ、ということがよくわかりました。