◎その3.末期のはずの患者がV字回復

 総合診療医、そして診断推論に取り組むことを決定づけたのは、アメリカ留学からの帰国後、神経内科医として勤めた病院での出来事だった。

「上司から患者さんの終末期医療を頼まれました。ある難病で、経鼻栄養チューブをつけた、数年間寝たきりの患者さんでした。あとは死を待つだけ…のはずだったんですが、最初にお会いした時、終末期ではないような気がして。勘なんですけど。

 念のためいろいろ調べてみたら、外科領域の珍しい病気にかかっていることが分かり、すぐに手術しました。そして翌日、病室へ行ってみると、なんと身体を起こしてバナナを食べていたんです。驚きました。だって1年以上、経鼻チューブで栄養を取っていたんですよ。数ヵ月後には歩けるようになり、社会復帰していきました。つまり患者さんは、難病ではなかったわけです。

 僕が尊敬するこの上司は日本を代表するその難病の権威ですが、権威が陥るスーパースペシャリストバイアス、すなわち自分の専門領域の病気である確率を知らず知らずのうちに高めてしまう心理規制に陥ったのだと思います。

 それまで僕は、誤診は未熟な人が犯すものだと思っていました。でもそうじゃない。権威あるすごい医師でも誤診する。僕はそこに、日本の医療における未開拓の部分があるんじゃないかと感じました。

 それで、診断を研究しようと。特に外来には、まだ診断がついてない人がいっぱい来るので、ここで診断できるようになろうと外来診断学を始めました。診る人が診れば助かるという命があるのなら、そこを学問にして、トレーニングして、広められるなら広めたいと思いました。専門に特化すると、権威ある先生でも誤診してしまう。だから狭い領域に特化せず、総合的に診られる総合診療を選んだというわけです」

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誤診死をゼロに近づけたい

 2013年、総合診療科はようやく、厚労省から19番目の新しい基本診療科として認められ、2017年より専門医の育成が始まった。ただしそれは「患者のため」と喧伝されつつも、高齢化や超高額な薬の登場によって膨らみ続ける医療費を抑制する手段としての側面が強い、といわれている。総合診療科をつくり、1人の医師がいろいろな病気をまとめて診れば、各科を回ることで発生する初診料や再診料を節約できるという発想だ。