この時の体験が、「実務協議の軽視」とも取られかねない安倍首相の「前提条件なき首脳会談」という方針につながっているとしたら、これほど不幸なことはない。
成功に導くには
事前の周到な準備必要
その問題は別にしても、安倍氏が望む日朝首脳会談を成功に導くためには、事前の周到な準備が何よりも求められていると言える。
政府内には、とりあえず、安倍氏が金正恩氏を説得し、2度目、3度目の首脳会談で拉致問題を解決に導けば良いという主張もあるという。
だが、全く成果のない会談になった場合、正恩氏が再び、日朝首脳会談の席につくという保証はない。
ましてや、朝鮮中央通信は7月6日、「世界を驚かせた朝米最高首脳の板門店対面が電撃的に行われたことで、安倍(首相)は国際的な物笑いの種になった」と指摘し、「一寸先も見通せない間抜け」と名指しで批判した。
同通信が7月18日に発表した論評でも「日本は朝鮮半島を巡る地域情勢の流れから完全に置き去りにされている」と揶揄するなど、北朝鮮が日本との距離を縮めようとする感じは全くない。
現在の日朝間に信頼関係がないことの証拠だろう。
日本にとって北朝鮮との実務協議は骨が折れる課題だ。過去の接触は、北朝鮮が必要に応じて接近してきたために実現した。
日朝のパイプが細っている今、日本側の働きかけで実力者との接触を探り当てるのは容易ではない。
その意味で、安倍首相が何度も「日朝首脳会談への意欲」を表明していることは、理にかなっている。
これから、夏から秋にかけ、東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラムや国連総会など、日本が北朝鮮と同席する国際会議も予定されている。
後は焦らず、こうした機会も利用しながら、実務協議の積み上げにかけるしかないのではないか。
(朝日新聞編集委員 牧野愛博)