拉致被害者は、政府が認定する17人のほか、警察庁が「疑いがある」とする人も800人以上にのぼる。北朝鮮は、日本が経済支援に踏み切るという確信がない限り、新たな拉致被害者の情報を出してこない可能性が高い。

 もし北朝鮮が新たな拉致被害者の情報を出すとしたら、それは金正恩氏しか決断できないだろう。

 父親の金正日総書記が生前、「拉致問題は解決済みだ」と語っている。その言葉をひっくり返せるのは、現在の最高指導者しかいない。

 安倍首相は「前提条件なき日朝首脳会談」という戦略を打ち出している。

 日本政府が米韓に説明している内容によれば、「実務協議での合意を前提としない」「場合によっては、実務協議を開かなくても構わない」という戦略だという。

 安倍氏も、前述したとおり、「金正恩氏と向き合って解決する」と強調している。

 だが、実務協議が機能していない米朝関係をみれば、その危険性は一目瞭然だろう。

 実務協議をやらずに、日朝首脳会談が仮に実現したとしても、トランプ氏のような政治ショーの演出に終わる可能性が高い。

カギは実務協議の積み上げ
「小泉訪朝」は唯一の成功例

 ただ、実務担当者が十分な権限を与えられず、金正恩委員長の判断が絶対の北朝鮮との実務協議は確かに困難な点が多い。

 実務協議が先行して行われたシンガポール米朝会談での合意文は、北朝鮮の要求を一方的に羅列しただけのものだった。

 ハノイ会談も、同じ展開になりそうになったが、トランプ氏が寸前のところで署名を踏みとどまって合意なしに終わった。

 両方のケースとも、実務協議で米国側は繰り返し、非核化を求めたが、結局、金正恩氏の考えを動かすには至らなかった。

 こうしたことを考えると、日朝首脳会談でも重要になるのは、事前の実務者間の協議でどこまで、金正恩委員長が拉致問題の解決に応じるような下地を作れるかだ。

 日朝実務協議の席で、日本側は日本が経済支援できる条件を具体的に説明し、金正恩氏が首脳会談で必ず、拉致被害者の新たな情報を提供し、生存者の帰還に応じるよう説得しなければならない。