“そういえば、私、動物の中でも特にキリンが好きだったなぁ”

 生物系の研究のメインはいまや分子生物学である。そんな中でキリンだ。普通に考えたらアホ、元へ、無謀である。しかし、「博物館と遺体」という全学自由研究ゼミナールがあるのを発見する。さすがは東大、訳のわからないこともやっている。担当教員は遠藤秀紀・東京大学総合研究博物館教授、専門は「遺体科学」。幸運にも京大から異動されたばかりでのゼミ開講だった。

「キリンの研究がしたいんです」と何人もの先生に尋ねたが、難しいと言われ続けてきた。そらそうだろう。しかし、遠藤の答えはちがった。

“キリン?キリンの遺体は結構手に入るから、解剖のチャンスは多いよ。研究できるんじゃないかな。機会があったら連絡するよ”

 ホンマですか?結構あるんですか。いやぁ、遺体科学専門家はやっぱり違う。

毎年のように年末年始は解剖
正月に「キリンが死にました」メール

 そこから芽久さんのキリン解剖修行が始まる。結構あるといっても、動物園で亡くなったキリンが献体されるしかない。キリンの解剖は大変だ。なにしろでかい。冷凍庫に入れて保存することができないので、あった時勝負だ。熱帯の動物なので、亡くなるのは冬が多い。連絡があると、元旦であろうと解剖をしなければならない。実際、毎年のように年末年始は解剖だった。あるお正月、元旦に遠藤先生から来たメール、正月にふさわしくなさすぎて笑える。

“頌春 遠藤です。さっき、某動物園でキリンが死にました”

 キリンといえば誰がなんと言おうと首の長さだ。その解剖といえば、あのリチャード・ドーキンスを思い出す。進化的制約のために、反回神経は脳から出ているのだが、大動脈の下をくぐって喉頭部に達している。だから、キリンでは、むちゃくちゃ長くなっている。ドーキンスはわざわざそれを確認するために、キリンの解剖に立ち会ったのだ。

 遠藤先生曰く「国内にキリンの研究でしてる人間はいないと考えていい」。だから、基本的には自分ひとりで学ばねばならない。芽久さん、最初は何もわからなかったが、次第にキリンの解体と解剖(この違いは本書で詳しく解説されている)の腕をあげ、いろいろなことがわかるようになっていく。

 修士課程から博士課程に進むにあたり、研究テーマを決めなければならない。芽久さんが選んだのはキリンの第一胸椎について。よく知られているように、哺乳類の頸椎は、首が長かろうが短かろうが、ナマケモノのような例外を除いて7個である。キリンもその例外ではない。