ぐっとためているものが目力に出るんだ
高倉健さんは日本映画界のスーパースターと呼ぶにふさわしい方でした。私の高校の大先輩なのですが、数多くの出演作品に加えて、実に多くの名言も残されています。今回の言葉、「拍手されるより拍手した方がずっと心が豊かになる」もその1つです。
この言葉を実践している高倉健さんの姿を、一度テレビでお見かけしたことがあります。それは2000年の第23回日本アカデミー賞の授賞式のことでした。ナインティナインの岡村隆史さんが主演した「無問題(モウマンタイ)」が話題賞を受賞し、壇上で岡村さんが「将来は高倉健さんみたいな俳優になりたいです」と発言したところ、会場の空気が凍り付きました。
岡村さんはそのとき相当焦ったと思いますが、会場にいた高倉健さんがひとり立ち上がり、大きな拍手を送ったのです。この行動によって会場の空気がぐっと和やかになり、岡村さんは救われました。
これを見たとき、画面越しにたいへん思いやりにあふれた方なのだということが伝わってきましたし、広い会場の中でひとり拍手を送った後ろ姿が、たいへんに格好良かったことをいまでも覚えています。
おそらく、この掲示板の言葉が常に頭の中にあったからこそ、迷うことなく立ち上がり、若い岡村さんに対しても拍手することができたのでしょう。
高倉健さんは2014年に亡くなられました。生涯の座右の銘は「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」。千日回峰行を2度も満行した天台宗の僧侶、酒井雄哉大阿闍梨からこの言葉を教わったそうです。
これは『大無量寿経』の中の「我行精進 忍終不悔」という言葉に由来しています。
「たとえどんな苦難にこの身を沈めても、さとりを求めて耐え忍び、修行に励んで決して悔いることはない」という法蔵菩薩の誓いの言葉であり、法蔵菩薩はのちに長きにわたる修行を経て、阿弥陀如来となられるのです。
「すべての人々を救うためにはどんな苦難をも耐え忍ぶ」という、非常に重たい覚悟がこもった言葉といえます。
映画の世界の第一線にずっと立ち続ける人生は苦難の連続だったことでしょう。しかし、この言葉を胸にした重たい覚悟を常に持ち続けていたからこそ、俳優人生を全うできたのかもしれません。そして、多くの苦難を経験したからこそ、周囲へ拍手を送ることができるような思いやりの気持ちが持てたのかもしれません。
2012年にNHKの「プロフェッショナル」という番組で高倉健さんの特集がありました。そのときに、岡村さんと「あなたへ」という映画で共演する際の密着映像が流れていました。高倉健さんが岡村さんに出演依頼をして実現した共演です。
2010年に岡村さんが体調を崩したとき、高倉健さんが励ましの手紙を送り、岡村さんはその手紙によって救われたそうです。復帰を果たした岡村さんに対して、番組の中で次のようなメッセージを送っていました。
「仕事をやめたらやめたで終わりだからな。やめたらダメだ。何があってもやらないと。何があってもやる。続ける。命あるかぎり。やめたらダメだ。続いているやつが勝ちなんだ」
この言葉から高倉健さんの仕事への相当な覚悟がうかがえました。そして、最後に岡村さんが高倉健さんから手紙をもらったエピソードをカメラの前で話そうとしたときに、
「手紙のことなんか言わない。男はぐっとためているものが目力にでるんだ」
高倉健さんだから言える言葉ですね。人生の中の苦難も喜びもぐっと心にためて、多くのことを語らない。このような言葉も覚えておきたいものです。
今年も7月1日より「輝け!お寺の掲示板大賞2019」がはじまりました。
全国のお寺の掲示板作品を10月31日までお待ちしております!
(解説/浄土真宗本願寺派僧侶 江田智昭)