大阪の商人の「ちょっと待っとき、できたらおもちしますがなー」っていうのににているかもしれないですよ(笑)

【大江千里インタビュー3】ニューヨークでインディペンデントでピアニストであるということ

――そういうノリって、エンタテインメント業界でもインディペンデントで大きな仕事を動かしている人が多いNYならではな感じもします。日本だと難しいでしょう。

大江 大阪の商人だったら「ちょっと待っとき、今作ってまんねん。できたら真っ先におもちしますがなー」っていう感じだったのかもしれないですね(笑)。NYのジャズの人たちは皆一様にフランクで、連絡をきちんとすると必ず返事をくれて話を聞いてくださいます。音楽好きな仲間同士で話をするみたいに自分の計画をぶつけていくと、いつかドアが開くこともあるんだって学びました。

 でもそうやってジョンが作ってくださった詞を、奥様であるジョンよりもうんと若いジョディスが、一枚一枚丁寧に「さあ、これが今日創作した収穫よ」ってタイプライティングして僕たちに手渡してくれてたんですが、そんなジョディスが突然倒れてそのまま亡くなられてしまって。それからジョンもずいぶん意気消沈されて、後を追うように亡くなってしまわれて。彼が人生で最後に書き残したジャズの詩は、answer julyに入ってる「Just a Little Wine」っていうテオが歌ってくれた曲。

「心と魂には休息の時間ってやつが必要なんだ。ほんのちょっとでいいんだよ。ぶどうを種から育ててその時が来たら崇高になる。ほんの少しのワインってやつなんだ」

 悲しいけれど、彼の新しい作品を作り出す背中を見て触れられたことは僕の一生の大事な宝物になりました。

――でもぎりぎりのタイミングで、会いたい人に出会えている。

 運も実力のうちというけれど。まさに千里さんは引き寄せ続けていらっしゃる。いろんな方にインタビューしていますが、積極的に出会っていく能力というのが、並外れていらっしゃる気がします。そしてその人、その人の欲しいものを想像して的確に与え、次のチャンスを作っていかれる。

大江 うーん。そうかなあ。僕よりも僕にアイデアをくれる一緒に仕事をしている人たちが、向かうべきゴールを僕に正確に指し示してくれることが大きいんだと思っていつも感謝しています。僕はそのレールに乗っかったトロッコ。決めたら迷わずに進む。ただそれだけみたいなところがある。アメリカは前へ出て自分を表現してなんぼみたいなところがあるのだけれど、まだまだ僕には竹を割ったように自分で自分を強くプレゼンする押しみたいな力が弱いところがあります。

 この間、アトランタの名士が集まる会でピアノを弾いて。サイレント・オークションで僕のアルバムをプレゼントしたのです。

 そのときに会場の中心のテーブルにいながら、ステージでそのオークションが催されるのを拍手をしながら見ていました。当たった人に後で、サインを書けばいいだろうと。

 そうしたら会が終わった後に関係者に「Senri Oe! からアルバムが出されましたってコールされたときが、あなたが自分の名前と顔を売る絶好なチャンスだったのに、なんでそのタイミングでステージに出て行かないの」って言われてハッとしたんです。「おめでとう!ってその場でステージでサインをして差し上げればよかった」って。

 そっか。そこまでは気が回らなかったな、と。アメリカの社会では「ここだ」っていうタイミングでそれを逃さずに出ていかないとわかってもらえないというのがあるし、自分からことを起こさないと本当に何も起こらないので、「ちょっと、あつかましいかな」なんて思って席に座って上品に拍手だけしてたのって、随分と勿体無いことをしたなあと。