みんながそれぞれの場所で自他共に闘っているのです

――そこはまだ千里さんが、昭和の日本人らしいところですかねえ。

大江 ♪なんでだろう、なんでだろうって(笑)。昭和なのかなあ。日本人らしさ、奥ゆかしさ、みたいなのがあって、それがアメリカ人にはなかなかないものだったりするので、それをアメリカのビジネスで生かせる場合もあって、でもわかってもらえないのにひたすらそれを円卓でやっててもあまり意味がないので、これは僕が持っている独特な言い回しなんですよとか、普通アメリカ人がやらないことなのだけれどこういうのもあっていいのではとか、相手がわかるようにきちんと舞台に出て明確に表現することが大事ですね。

――アトランタは南部ですよね。映画『グリーン・ブック』では、黒人ピアニストが人種差別をされながらも決死の覚悟で演奏にいく場所として描かれました。実際にあった話で、その以前にはナットキング・コールも、嫌な目にあった。千里さんはそういう思いはまったくしなかったですか。

大江 僕への差別はないけれど、とにかく、アトランタは、違う肌の色の人とは交わらないという印象があります。

 アトランタにいるアフロアメリカンをアングロサクソンの人たちが集まるイベントではあまり見かけないし、その逆もそうです。それが当たり前にある感じがします。何も特別なことがあるというよりは交わってないという印象があります。

――ええっ。ううーん。…根深いですねえ。

大江 NYでもそうです。プエルトリコ人はプエルトリコ人同士、ウクライナ人はウクライナ人同士、ウズベキスタン人はウズベキスタン人、日本人は日本人同士固まっているケースが非常に多いです。こんなに人種がいるのだから交わった方が色々驚きも多くて楽しいのにと思うけれど、そう言う人たちは一様にプライドが高いのです。コミュニテイーの中だけでビジネスが成り立っているので外にあまり出てこない。自分が得た既得権にしがみついちゃっている人もあちこちにいますね。

 これは差別の歴史の根深さだと思います。差別される人が既得権で今度は別の人を差別する。空港の検査場でむやみに権利を振りかざす人、ちょっとしたことを大きくしていちゃもんをつけてくる人。僕も利用するカーサービスのドライバーに騙されたりズルをされたり、空港の係員にいじわるされたりするのはしょっちゅうです。

 でもこれだけは言いたい。親切な人、人種を超えた愛を持った人たちもたくさん存在するのです。そこを注意深く見ていくとアメリカの社会がほんのちょっと透けてくる。とにかくみんな自分が一番な社会なので、自分で正確に自分を主張しないと透明人間になってしまいます。みんながそれぞれの場所で自他ともにどこに自分の価値を見出すかで、密かに闘っているのです。

――そういうときは、どういうふうに対処されていますか。

大江 ネガテイブなことや人などに巻き込まれないで入れればそれは幸せだけれど、自分はなるたけ、いったんは全て受け止めます。でもね、引っ張らない。すぐに忘れて「はい、次!」と先へ向かう。どうしようもないことをどうしようもなく悩むのは時間の無駄です。

 歩行者として青信号で渡っているだけなのに「ひき殺すぞ」ってくらいの勢いで来る車もあれば、赤信号なのに老犬を連れていたら「どうぞ」とわざわざ待って渡らせてくれるような優しい人も世の中にはいっぱいいるわけなんです。だから物事をむやみに深く考えず、分析しすぎず、はい次と、さっさと先に進むように気をつけてます。