その攻撃の実行者が敵対する国家なのか、テロ組織のような非国家アクターなのかすら、特定が困難です。第三国のコンピューターを経由し「なりすまし」をしたサイバー攻撃がほとんどなのです。そのため、攻撃された側が攻撃者を非難しても、相手は「関与していない」などと主張することが容易です。サイバー攻撃を支援・黙認するだけではその攻撃主体を国家に帰属させることは難しいと考えられます。
前述のタリン・マニュアルは、「国家はサイバー空間で、他国の主権を侵害する行動をしてはならない」と定めています。この場合、攻撃者が国家でなければ主権侵害とはいえなくなります。攻撃したと目される政府が関与を否定したり、民間人が勝手に参戦するなど非国家アクターが攻撃したりした場合は、サイバーテロという扱いになります。そうなると、ハーグ陸戦条約における交戦者資格を欠いていると考えられます。このため、サイバー攻撃は攻撃者が明確な通常攻撃と異なり、グレーゾーンをはらんでいるのです。
こういったサイバー攻撃は、コストが低く、かつ攻撃側にとって有利な非対称性の攻撃です。サイバー攻撃は経済力のない国家や非国家アクターにとっての「貧者の核」となり得ます。サイバー攻撃の非対称性は大国にとって大きな脅威であり、同時に、ネットワークに依存した民間企業にとっても脅威です。現在、防衛関連システムは民間に構築や運営を委託されたものも多いため、サイバー攻撃においては民間と政府の境目がありません。
また、攻撃の帰属先を特定して開示することは、攻撃された側の技術の習熟度を露呈することにつながります。このため防衛関連組織や諜報組織では、受けた攻撃の詳細を開示することに消極的です。サイバー攻撃大国である米中ロはいずれも、サイバー空間で自国ができることは相手にも可能と考えています。アトリビューションを示して他国の攻撃を非難する際は、よほどの警告の意味があります。
国家間の覇権争いの荒野に
正義の味方などいない
このようにデジタルテクノロジーは、戦時とも平時ともいえないグレーゾーンの状態で国家間の干渉を生み出します。冒頭で見たようなハイブリッド戦は今や所与のものとなり、インフラに対するサイバー攻撃やAIによって作られた本物そっくりの動画である「ディープフェイク」による虚偽情報の拡散はそこにあるビジネスリスクといえます。AIによる軍拡競争も現実の脅威です。経済的な観点からだけでなく、安全保障の問題として統合的にデジタルテクノロジーを見据える時期が来ているのです。