「4キロメートル平方の地域に、大学2校、研究所5ヵ所、専門学校3校が集まり、64学科4000名あまりの科学研究者、教育関係者がいる。人口は11万人だが、大卒者が1万人あたり776人と、中国の農村では珍しく多い。1997年にハイテクノロジー・パークに指定されたが、数多くあるハイテクノロジー・パークのなかで、農業の研究を中心とするところは他に例がない。現在、近代的な農業の模範地域としてその地位を固めつつある。

 異彩を放つハイテクノロジー・パークとして、私は楊凌を日本社会に紹介した。

 しかし、西安全体に対しては、あまりいい印象を持てなかった。たとえば当時、中国各地で乱立気味になっていたハイテクノロジー・パークに対して、西安を実例として取り上げ、次のように厳しく批判した。

「(西安のハイテクノロジー・パークに設けられている)ソフトパークにオフィスを構えている在来の貿易会社もあったり、ハイテク企業が入居するはずの工業団地なのに、外資系クーラーメーカーの生産工場が一角を占めているなど、ハイテクとは名ばかりのハイテクノロジー・パークだと指摘されても仕方ないと思われる」

「一帯一路」が注目されるなか
見方が大きく変わる西安

 2010年、私は『莫邦富が案内する中国最新市場 22の地方都市』という本を上梓し、日本企業が中国に投資する際、参考になるように、明日の蘇州や大連のようなスター級の都市になれる潜在力を持つ22の地方都市を日本社会に紹介した。同書のなかで、西部地域にある都市を4つ紹介し、その潜在力を評価した。成都、重慶、昆明、蘭州だ。その際、西北地域の重鎮である西安は落とした。

 しかし、「一帯一路」ことニューシルクロード経済圏に力が注がれる今は、その西安に対する見方を私は大きく変え、たとえば当連載で「高齢化が進む中国・西安で『高学歴の若者』が激増している奇跡」といった紹介記事も書き始めた。

 今回の訪問でも、これまでチェックしていなかったポイントとなるよう場所、たとえばイスラム教を信奉する回族が経営する店舗がにぎわう回民街、大唐西市、老城根などの新旧商業拠点を興味津々で回ってみた。