既存の競合薬には効能効果に対する患者の不満があったり、依存症や奇異反応などの副作用があったりする。そのため、それらの弱点を補うTAK‐925が製品化されれば市場を席巻する可能性がある。

 さらに武田薬品は特発性過眠症への適応拡大や、閉塞性睡眠時無呼吸による日中の過度の眠気に対する治療薬となる可能性についても検討している。これらでも武田薬品が開発に乗り出せば、対象患者は大幅に広がり、製品化の際は当然売上高も増大を見込める。

久々のホームランなるか

 TAK‐925が業界で注目され始めているのは製品特性だけではなく、武田薬品の自社創薬として“超久々”に、ブロックバスター(年売上高1000億円以上)に製品群が育つかもしれないからだ。自社で一から創薬し大型化できれば新薬メーカーのプライドを満たすし、一般的に利幅も大きい。

 TAK‐925は武田薬品として初めて厚生労働省から先駆け審査指定制度の対象品目に指定され、米国食品医薬品局(FDA)からブレークスルーセラピー並びにオーファン・ドラッグ指定も受けている。要するに、日米両国から画期的な新薬として期待されているのだ。

 振り返れば、王者・武田薬品の座を不動のものとしたのが、いずれも1990年代に上市した抗潰瘍薬「タケプロン」、高血圧薬「ブロプレス」、糖尿病薬「アクトス」、前立腺がん薬「リュープリン」。いずれも自社創薬でブロックバスターに育ち、俗に「タケダの4打席連続ホームラン」と称えられた。

 ブロックバスターがけん引し、2000年代の武田薬品は好業績が続いた。だが研究所のある幹部は冷静だった。「皆さんはタイタニック号でオーケストラを弾いている人たちと同じだ。今のタケダのパイプラインを見ると貧弱で、好業績を維持できる状況ではない」と、若手研究員に発破をかけていたという。

 幹部の予言は的中し、その後自社創薬でブロックバスターまで成長した製品はない。例えば世界で2692億円(19年3月期)売り上げ、現在武田薬品の稼ぎ頭である潰瘍性大腸炎治療薬「エンティビオ」は、元をたどれば08年に買収した米ミレニアムの開発品だ。

 ブロックバスターの特許が10年前後に相次いで切れ、武田薬品の業績は低迷した。15年3月期には遂に、アステラス製薬に純利益で業界1位の座を奪われた。

 立て直しを急いだ長谷川閑史社長(当時)は大型買収を進め、メガファーマ(巨大製薬会社)の一つ、英グラクソ・スミスクライン幹部だったクリストフ・ウェバー氏をトップに招く荒療治に出た。ウェバー氏は15年から社長兼CEO(最高経営責任者)を務め、今年1月にアイルランドのバイオ医薬大手シャイアーの巨額買収を完了し、日本勢で初めてメガファーマの仲間入りをしたのは記憶に新しい。