コンセンサスは「クソくらえ」
ビルは決定を促すことがマネジャーの主な仕事の一つだと考え、そのための特別なフレームワークを持っていた。彼は民主主義を好まなかった(ビルがCEOになる前のインテュイット社ではミーティングで採決していたが、ビルはそれをやめさせた)。代わりに好んだのが、「即興コメディ」で使われるような手法だ。即興コメディでは芝居が終わってしまわないように、キャスト全員が入れ替わり立ち替わり舞台に立ち、力を合わせてできるだけ長く芝居を続けなくてはならない。
ビルはそうした「アンサンブル」の状態を好み、駆け引きのない環境が保たれるよう、つねに気を配っていた。経営トップがすべての決定を下すようでは、その正反対の環境になってしまう。なぜなら部下は自分のアイデアをマネジャーに認めさせることに終始するからだ。そうした環境では、最適解ではなく、最高権力者へのロビイングに長けた者、言い換えれば政治が勝利を収める。
ビルはそれを毛嫌いした。コンセンサスではなく、最適解を得ることを重視した(「コンセンサスなんかクソくらえだ!」とよく怒鳴っていた)。
多くの学術研究が示す通り、コンセンサスをめざすと「グループシンク(集団浅慮)」に陥り、意思決定の質が低下しがちなことを、彼は直感的に理解していた。
最適解を得るには、すべての意見とアイデアを俎上に載せ、グループ全体で話し合うのがいちばんだ。正直に問題を公開し、とりわけ不満が出ているような場合には、率直な意見を述べる機会を全員に与える。その問題や決定が特定の業務機能(マーケティングや財務など)に関わるものであれば、その分野に精通した人に議論をリードさせるし、複数の部門にまたがる幅広い決定なら、チームリーダーを議論の「オーナー」にして責任を持たせる。いずれにせよ、全員の意見を吸い上げることが肝心だ。
全員に忌憚のない意見を促すために、ビルはミーティングの前にメンバー一人ひとりと膝を交えて、彼らの胸の内を知ろうとした。おかげでビルは問題をさまざまな視点から捉えられたし、なにより全員が、自分の見解を述べる準備ができた状態でミーティングに臨むことができた。ビルと事前に話すことで、全体で議論を交わす前に自分の考えや意見をまとめる機会を得たのだ。会議室に来たときには全員がすでに自分の意見をじっくり考え、話し合い、発表できる状態にあった。
マリッサ・メイヤーの問題
メンバーが考えを発表し議論するうちに、場がヒートアップすることもある。ビルにコーチングを受けていたウーバーの元CBO(最高事業責任者)エミール・マイケルはこう言う。「リーダーがパッシブアグレッシブなムードを崩すことができれば、たとえ白熱しても率直な議論ができる」
もしあなたのチームがうまくいっていて、自分ファーストより会社ファーストの姿勢があるなら、火花が散ったあとに最適解が生まれるだろう。また議論に対するリーダーのスタンスも重要だ。2016年の研究によると、白熱した議論を、意見の「衝突(食い違い)」ではなく「討論」と呼ぶと、反論に寛容な雰囲気が生まれ、情報共有が促されるという。
アンサンブルの姿勢を取るのがとくにむずかしいのが、意思決定を担うマネジャーが、何をすべきかをすでに知っているとき(または知っていると思い込んでいるとき)だ。
マリッサ・メイヤーはグーグルにいたころ、この問題を抱えていた。ある日彼女はビルに、新しい方針を与えられた。チームと問題を話し合うとき、君はいつも最後に話すようにしろ。君は答えを知っているかもしれないし、それは正しいかもしれないが、答えをただ与えるだけでは、力を合わせるチャンスをチームから奪ってしまう。正しい答えにたどりつくのは大事だが、チームみんなでそこにたどりつくプロセスも同じくらい大事だ。
そんなわけでマリッサは、チームが問題を議論するあいだ、柄にもなく静かにすわっていた。不本意だったが、うまくいった。彼女はチームと彼らの問題対処能力を見直した。