ノアの大洪水が原因?
海にすんでいた貝の化石が、何千メートルもの高い山から見つかることは、当時から知られていた。この現象に対する有力な説明は、ノアの大洪水が原因だというものだった。
ノアの大洪水は四十日間続き、地上の生物を滅ぼしつくしたという。このような、地上を覆うほどの大洪水が起きたのであれば、その激しい水流によって山の上まで貝が流されても不思議はないというわけだ。
しかし、レオナルドはいくつかの証拠を挙げて、ノアの大洪水説を否定した。その証拠の中でもあざやかなものが、二枚貝に注目した証拠であった。
二枚貝には貝殻が二枚ある。二枚の貝殻は靭帯でつながっている。貝殻は炭酸カルシウムでできていて頑丈だが、靭帯は有機物なので弱い。二枚貝が死ねば、二枚の貝殻が外れるのは時間の問題だ。さらに水流で流されたりすれば、間違いなく二枚の貝殻はバラバラになる。そうなれば、化石として貝殻が見つかったときに、二枚とも一緒にペアで見つかることは期待できない。
では逆に、貝殻がつながった状態で、二枚ともペアで見つかった化石はどう考えたらよいだろうか。そういう化石は、二枚貝が生きていた場所で、そのまま埋められたと考えられる。
その場合は、もしも化石の周囲の地層から昔の環境が推定できれば、それが二枚貝のすんでいた環境になる。すんでいた環境を知ることは、二枚貝がどんな生き方をしていたのかを知ることにつながるので、生物学として重要だ。
二枚の貝殻がつながっている化石は、その二枚貝が生きていた場所で化石になった。これは、現在でも化石の研究で使われている理論だ。レオナルドは500年も前に、この方法を考えついた。そして、ノアの大洪水説に反論する証拠の一つとして、この方法を使ったのである。
ノアの大洪水は、歴史上まれに見るような大洪水だったという。そんなすさまじい洪水で二枚貝が流されたら、二枚の貝殻がつながっていられるはずがない。
しかし実際には、山の上で見つかる二枚貝の化石には、二枚の貝殻がつながっているものもある。したがって、これらの化石は、ノアの大洪水で山の上まで流されてきたものではない。化石の見つかった場所に、もともとすんでいた二枚貝なのだ。つまり、海が山になったということだ。
これがレオナルドの結論だった。つまり海底が隆起して山になったのだ。岩石が上昇したのである。
レオナルドの望みは二つあった。それは、一つは証拠を見つけることで、もう一つはメカニズムを考えつくことだった。水に関しては、両方とも叶わなかった。でも岩石に関しては、そのうちの一つは叶った。レオナルドは岩石が上昇する証拠を見つけたのである。