ヒトは地球に何をしてきたか

 ところで、生物多様性が高いというのは、たんに種数が多いという意味ではない。もちろん種数が多い方が生物多様性は高いのだが、それだけではないのだ。

 たとえば、A島にもB島にも、ヒトと木という二種の生物が、合わせて100個体いたとしよう。A島にはヒトが50人いて、木は50本生えていた。一方B島では、ヒトが99人いて、木は1本しか生えていなかった。

 この場合はB島よりもA島の方が、生物多様性が高いと考える。B島の生態系よりA島の生態系の方が、安定性が高いのは明らかだろう。

 なにしろB島では、木が1本枯れただけで、種が1つ消えてしまうのだから。このように生物多様性においては、種類の多さだけでなく、「均等度」も重要である。

 さてB島では、均等度が低いために、生物多様性が低かった。この均等度が低いというのは「木が1本しかないから」ともいえるけれど、逆に「ヒトが99人もいるから」ともいえる。つまり、一種が爆発的に増加するのも、やはり生物多様性を低くするのだ。

 現在の地球でもっとも深刻な問題は、ヒトが爆発的に増加していることなのである。このため地球という生態系は、著しく不安定になっている。

 ヒトは、生物多様性の高い森林を、生物多様性の低い農地などに変えてきた。また、生物が何十億年もかけて化石燃料の形に変化させた二酸化炭素を、再び大気中へと解放してきた。このように、ヒトは環境を操作する能力が非常に高い。

 そのうえ人口が爆発的に増えているので、地球の多くの場所が、ヒトにとって都合がよいように変化させられてきた。

 そのため、さまざまな生物が次々に絶滅しているのが現状である。生物多様性はどんどん減少しているのだ。たとえば、リョコウバトは、かつては北アメリカでもっとも個体数が多い鳥だった。

 50億羽ぐらい生息していた、という推定もある。ところがヨーロッパからの移民による開拓のために、リョコウバトのすみかである森林が減少した。そのうえ肉を食べるために乱獲された。その結果、19世紀の百年間を通じてリョコウバトは激減し、ついに1914年に絶滅してしまった。

 もっとも、このような生物多様性を減少させる活動は、最近に限ったことではない。たとえば、現在のギリシャには「白亜の崖、そして青い空と海」といった美しいイメージがある。しかし、古代文明が栄える前のギリシャは、森林の多い肥沃な土地だった。

 古代ギリシャ人はこの豊かな土地で、まれに見る大規模な自然破壊を行い、森林を消滅させて山をハゲ山にしてしまった。そして、ギリシャを緑のイメージから白のイメージに変えてしまったのである。生物多様性がいかに激減したかは想像に難くない。