真菌の生えたハエ

 私たちの周りには、細菌やウイルスなどの病原体がたくさんいる。これらの病原体が、私たちの体の中に侵入するのを、最初に防いでくれるのが皮膚である。皮膚の細胞と細胞はぴったりと密着していて、細菌やウイルスでも通り抜けることができない。

 しかし、怪我をして皮膚が切れると、そこから病原体が侵入してくる。すると、それに反応して近くの血管が広がり、血管壁がゆるんで、白血球が血管の外に出る。この白血球が病原体を排除するシステムを免疫という。

 私たちの免疫は、自然免疫と獲得免疫に分けられる。白血球にはいくつかの種類があり、自然免疫を担当するもの(マクロファージや樹状細胞など)と獲得免疫を担当するもの(B細胞とT細胞)がある。病原体が侵入してきたときに、最初に働くのは自然免疫だ。

 自然免疫は、あらゆる病原体をまとめて相手にする、大雑把で単純なシステムだと、以前は考えられていた。しかし実際には、自然免疫は複雑なシステムで、さまざまな病原体を区別して、それに適した攻撃をすることが明らかになってきた。

 細胞の表面からAというタンパク質が突き出しているとしよう。Aは細胞の一部である。

 そのAに、外部から来たBという分子が結合する。Bはタンパク質のこともあるし、タンパク質でないこともある。そのとき、Aを受容体、Bをリガンドという。

 自然免疫を担当する白血球にも受容体がある。この受容体によって、侵入してきた病原体の種類を区別する。その一つがトル様(よう)受容体(TLR)で、たくさんの種類がある。たとえば、TLR3はウイルスと、TLR4は細菌と、TLR5は寄生虫と結合する。そうして、病原体の種類を知ったうえで攻撃を始めるのである。

 ちなみにTLR4は、具体的には細菌の細胞壁にある多糖類などと結合する。先ほど述べたように、細菌が細胞壁を変化させることは難しいため、TLR4は長期間にわたって有効な受容体なのだ。

 免疫反応のほとんど(一説では95パーセント)は、自然免疫である。脊椎動物以外の生物は自然免疫しか持っていないが、それでも病原体から十分に身を守れる。自然免疫はとても大切なものなのだ。

 たとえばトル様受容体を作るトル遺伝子が働かないだけで、ショウジョウバエの体にはびっしりと真菌が生えてしまい、生きていくことができないのである。

(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』からの抜粋です)