抗生物質はなぜ細菌だけを殺すのか
世界で初めて発見された抗生物質は、ペニシリンである。
1928年にイギリスの細菌学者であるアレクサンダー・フレミング(1881~1955)は、ブドウ球菌を培養していたシャーレ(細菌を培養する小皿)に、カビが混入していることに気がついた。
妙なことに、カビの周囲ではブドウ球菌のコロニーが溶けていた。そこからフレミングは、細菌を殺す物質を、カビが分泌しているのではないかと思いついた。それが、ペニシリンの発見につながったというエピソードが有名だ。
細菌は、細胞の外側に細胞壁を持っている(植物細胞が持つ細胞壁とは、まったく別のものだ)。この細胞壁は細菌が生きるために不可欠で、多くの化学反応から成る複雑なプロセスによって作られる。そのため、このプロセスを変更したり、別の方法で細胞壁を作ったりするのは容易ではない。
ところがペニシリンは、この細胞壁を作るプロセスの最終段階を阻害する。そのため、多くの細菌はペニシリンによって死んでしまう。たとえ細菌のDNAが変化しても、なかなかペニシリンの呪縛を逃れることはできない。
だからペニシリンは、昔からずっと、多くの細菌に対して有効で、そして今でも多くの細菌に対して有効なのだ。
いっぽう私たちは、細菌ではなく真核生物だ。真核生物には(細菌のような)細胞壁はない。だから、ペニシリンによって阻害されるものを、そもそも持っていない。そのため、ペニシリンは私たちには効かず、細菌の生存だけを阻害するのである。
もちろんペニシリンのような抗生物質も完璧ではなく、ペニシリンが効かない細菌も出現している。そのためハキリアリは抗生物質を何種類も使って、なんとか頑張っているのだろう。