「客家人」にのみ
スポットを当てた理由

 では、台湾が国を挙げて開催する芸術祭において、なぜ、「客家人のみ」にスポットを当てたのか?

 理由は2つある。1つは、若者に継承されず失われつつある文化の代表が、客家文化であることだ。 2001年に行政院客家委員会を設立、2010年には立法院において客家基本法を制定し、客家文化の保護を目的とした政策に法的なバックアップが与えられた。国が保護しないと、もはや消滅を止めるのは難しいと判断したのだ。

 もう1つの理由は、「台湾アイデンティティー」の広がりだ。台湾には、自分を「中国人と考える人」「台湾人と考える人」「台湾人でもあり、中国人でもあると考える人」の3タイプが並存している。

 台湾の国立政治大学選挙研究センターの世論調査では、1992年の時点で自らを「台湾人と考える人」は19%だったが、2015年には60%以上と、この20数年で急増してる。若い世代が増えるほど、自らを台湾人と考える人は増え続けているのだ。彼らのような、台湾は独立していると生まれながらにして考える若者は「天然独」と呼ばれる。

台湾芸術祭から垣間見える、台湾人のアイデンティティの変化林舜龍「家の記憶風景」。集落の古い家々から集めた窓やドアでつくられている。住んでいた人がここに来るたびに記憶が蘇るようにしたという 画像提供:ロマンチック台三線芸術祭

 かつての台湾は、日本や中国の教育に深い影響を受けており、自国の文化や歴史に目を向けることはなかった。観光で地方へ行くよりも、都心部に行くか、日本や中国、アメリカを旅行することを好んだ。しかし今は、各地方のガイドブックが書店に並ぶほど、地方へ観光する人が増えている。そして、各地で細々と、しかし脈々と受け継がれる文化を見て、絶やしてはいけないと感じ始めたのだ。

 1990年代以降、台湾で重要な選挙が行われる前には必ず、候補者は客家文化発展の政策を示し、客家へのアピールを行ってきた。台湾アイデンティティーがこれほどまでに台頭した今、「天然独」の世代が、今後の台湾政治の焦点になることは間違いない。来年1月の総統選で再選を狙う蔡英文氏にとって、今回のような芸術祭を通して台湾の価値を強調し、彼らを取り込むことは必須なのである。

 一方で、文化の維持、地方創生、インフラ整備、インバウンド等、経済面においても芸術祭開催のメリットが大きいことも確かだ。私自身、ロマンチック台三線芸術祭を巡ってみて、通常の台湾観光では交流することのない、地方の農村部の人たちとの交流は得難い経験となった。隣国民であり、日本人に友好的な台湾人のことを、実は何も知らないことに気がついた。これは鏡のような体験であった。「我々、日本人とは何か」についても、考えさせられるきっかけになったからだ。

 台湾にとってこの芸術祭は、台湾の民族の歴史の、そして日本や中国との関係性をある意味、芸術を通して総括する取り組みと言える。

 ある台湾の若者は「この芸術祭を今後も続けてほしい。そのためには蔡英文氏に再選してほしい」と話していた。芸術祭が来年以降も開催されるか――。来年1月の総統選がその行方を左右する。