こういった長期的、全面的な取り組みの核心にあったのは、暗号技術における海外依存度の高さに対する危機感だ。中国の中堅証券会社、東呉証券が今年初に発表したリポートによると、中国の暗号関連産業は現状、ハードウエアに極端に偏っており、ソフトウエアは市場の2%にとどまっている。
足りないソフトウエアは米国発祥のRSA暗号に圧倒的に依存してきたのが実情で、中国移動(チャイナモバイル)のような大手通信事業者や幅広い金融機関が、RSA暗号を導入しているという。サーバーやパソコンなどコンピューター産業で、核心技術はマイクロソフトやインテルのような米国企業に依存し、国内産業は端末の組み立てに甘んじてきた構造と同じだ。暗号技術の海外依存が、自国の軍事的な安全保障と産業的な情報セキュリティーにとって、潜在的なリスクをもたらしていると中国政府は認識してきた。
この認識の下、四半世紀近くにわたり暗号化技術に国家戦略として取り組んできた結果、国産技術を担う基幹企業も育っている。成都衛士通信息産業(ウェストン)という四川省に本社を置く国有上場企業だ。ウェストンは軍事集団の中国電子科技集団傘下で、金融業界向けの暗号機やVPNサーバー(インターネットの仮想私設通信網)などの製品と関連のサービスを手掛けている。
年商規模は300億円程度とまだ成長途上ながら、中国の暗号技術の国際標準化を視野に、海外展開に積極的に乗り出している。直近の決算報告書では、「一帯一路の建設につれて、海外事業の布石を打つ。海外の金融機関や政府のモバイル行政といったビジネス需要を探っていく」と中期戦略を示している。
ウェストンはごく近い将来、通信分野におけるファーウェイ(華為技術)や、クラウドコンピューティングにおけるアリババ集団のような世界に突出したハイテク企業になる可能性が高い。
暗号技術はコンピューター産業の最も基本的な要素技術であり、日頃意識する機会は少ない。だが例えて言うなら、堅牢な城を支える礎石のようなもので、地味で目立たなくともその重要性は極めて高い。中国は「デジタルダイナスティ」を築く遠大な国家戦略の中で、この重要技術に着実に取り組んできたのだ。日本が中国について刮目し、危機感を抱き、そして学ぶべきは、産業や安全保障において欠いてはならないものに長期的に取り組むこの戦略性だ。